攻殻機動隊ARISE
竹内監督インタビュー
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—竹内監督はこれまでの「攻殻機動隊」作品にメカニックデザインとして関わってきましたが、今回の『border:2』で監督を務めることになった経緯を教えて頂けますか?
竹内経緯は……石川さんの命令かな(笑)。石川さんとしては、『border:2』はアクションを主体にしたかったそうで、私がこれまでにやったきた『サクラ大戦』の仕事を石川さんが気に入っていたこともあって白羽の矢が立ちました。それに私が3Dにも造詣が深いこともあって、オレンジさんと組み合わせれば面白い映像が出来るという思惑が石川さんにはあったようです。
—確かに『border:2』はアクションの見応えがありますね。
竹内ただ、ギリギリの制作になってしまって……。あと15分くらいは尺が欲しかったですね。
—監督をやってみての感想はいかがでしょうか?
竹内みんなにお願いしてまわっていた感じでしたね(笑)。腰は低く、志は高くという感じで。
—志としては、どんなことを目指していたのですか?
竹内『攻殻機動隊ARISE』のシリーズは、1話あたりの長さも制作環境も映画とTVシリーズの中間くらいに位置する規模なので、TVシリーズと同じように制作しながらも劇場作の品質を保つことを大切にしました。画面構成やアクションの密度などを、ゴージャスにみえるように精一杯背伸びしたつもりです。
—『攻殻機動隊ARISE』の総監督である黄瀬さんや、脚本の冲方さんとのやり取りはいかがでしたか?
竹内 冲方さんとは、脚本の一稿をもらった後はやり取りは、無かったですよ。黄瀬さんからは最初にどんな風にしたいかを伺っていたのですが、明確にはつめ切れていなかったようなのでコンテを描いた後に修正をしてもらった感じです。
—意外ですね。
竹内舞台挨拶登壇のときの話では2人からは「竹内さんなら大丈夫だから、任せたよ」の一言になってました(笑)。「攻殻機動隊」は好きな作品ですし、信頼して任してもらえたからには全力でやろうと気合いが入りましたね。それに「攻殻」をやれるチャンスでしたから、リスペクトしている士郎さんの原作漫画の雰囲気を持ち込んで、メカを前面に押し出した自分流のアクションをおもいっきりやってみた感じです。
—士郎さんのお名前が出ましたが、竹内監督は押井さんの映画にも参加していますよね。これまでの「攻殻」と今回の『border:2』で、残した部分と変えてみた部分はありますでしょうか?
竹内『ARISE』の制作に集まった誰もが、今までとは変えたいという意識はあったと思います。『ARISE』シリーズはパラレルワールドで、原点に立ち戻る作品ですし、自由にやろうという発想で集まっていますから。ですが、押井さんが『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(以下、『GHOST IN THE SHELL』)でみせた、社会の背景を含めた見方を変えるようなエポックメイキングなことはなかなか出来ないですよね。最終的には黄瀬さんも『GHOST IN THE SHELL』が深層心理にこびりついていて、どこかで拠り所にしながら作っている印象がありました。なので私は私なりにSF感や映像クリエイティングの部分で、自分の根本的な部分を出してみました。子どもの頃にSF小説などを読んで空想していた感覚をぶつけたつもりです。『GHOST IN THE SHELL』のように現実の延長にあるような地にピタっと足のついた感じと、SFとファンタジーとが微妙なバランスで混ざり合うように仕上がっていると思います。
—SF小説を良く読んでいたそうですが、どんな作品がお好きですか?
竹内好きな作品は、フレドリック・ブラウンの『発狂した宇宙』や、ラリー・ニーヴンの『リングワールド』ですね。最近だと今度実写映画化される『エンダーのゲーム』です。そういう作品を頭の中で自分なりの映像にしてみる遊びをよくしています(笑)。
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— SF好きの側面が、『border:2』の美術にも反映されたのでしょうか?
竹内『border:2』の美術は、シナリオを読んだ印象と世界観やキャラクターを加味して構築しています。中でも、電脳空間は、最初にほいっと出したアイデアが黄瀬さんと一緒だったんですね。
—すごい偶然ですね。
竹内これまでの「攻殻」では幾何学模様をベースに、モニターが重なっていたり、CGで描いた奇麗なレタリングのものが、プリミティブに並んでいるイメージでした。それが過激化してインフレーションを起こしていたので、一度リセットしてみたかった。黄瀬さんも、同じように今までのイメージはやめたいと考えていたんですね。これまでのイメージから離れて、どう面白く出来るかを考え直しているうちに、脳の中で発生している映像空間はそれぞれのキャラクター毎に自由であってよいのではないかという発想に辿りついたんです。例えばアブノーマルな色であったり、夕暮れの砂浜のような情景描写が電脳空間になってもいい。ただ、共通記号としてのゲートを一つ用意しおけば、電脳空間としてはつながっていくはずだ、という考えでした。電脳空間を情景描写にすることも、黄瀬さんとは齟齬はありませんでした。 それなら監督よっても変わってもよいのではという話になったので、『border:1』のむらた監督ともお話して、それぞれに電脳空間をやってみることにしましたが、各話であまりに齟齬が出ないように調整はとっています。各話の監督毎に電脳空間のシーンを多くとったり短くしたり様々ですよ。黄瀬さんの「任せた」という言葉の裏側には、個性をそれぞれ出してもらいたいという意味もあると思います。シリーズとして4話で構成されてますけど、各話の監督がそれぞれの色を出したアラカルト的な味わいが、『ARISE』シリーズの面白いところだと思います。
—『border2』の電脳空間は水中がモチーフになっていてとても印象的でしたが、竹内監督がフューチャービジュアリストをしていらっしゃった『RD 潜脳調査室』でも電脳空間をダイブするという水のイメージでしたよね?
竹内『RD』の時と『border:2』ではコンセプトが違っています。『RD』では藤咲さんがダイビングがお好きだったことも関係しているのですが、情報にダイブして深層心理に潜り込んでいった時に何かが起こるという作りなんです。『border2』のコンセプトは、見て頂いたお客さんがそれぞれに感じたことを正解にしてもらいたいですね。ただ、士郎さんの世界観に見られるような、魂とか霊的なものを取り入れています。
—士郎さんを意識していたそうですが、防壁迷路の後の水のシーンは、『GHOST IN THE SHELL』の冒頭シーンが思い浮かびました。やはり押井さんも意識していたのですか?
竹内押井さんの影響は意識しなくても出ちゃいますね。刷り込まれてる気がします。確かに『GHOST IN THE SHELL』に影響されている部分はありますが、『border:2』ではよりドラマに軸を振っています。『GHOST IN THE SHELL』での背景を通して物語の全景を見せる押井さんのやり方とは違って、メインのキャラクターたちに焦点を当てて物語を進めていく黄瀬さんのスタイルに合わせていますので。
—押井さんと黄瀬さんの良いところをうまく取り込んで作った『border:2』という感じですね。
竹内そうですね。上手くミックス出来ていればよいですね。
—電脳空間の描写は、水中の他に防壁迷路を高速道路として描かれていますが、この2つの使い分けをどのように考えていたのでしょうか?
竹内防壁迷路はソガが仕掛けた迷路なんですね。だからソガの意識が反映されているんですよ。ソガは交通網を牛耳ることを企んでいたので、そのイメージを継承しているから高速道路なんです。それと、回旋ジャンクションの抜け道の入口と出口の数が、今回の主要メンバーの7人に対応した数になってます。なのでジャンクションが主要キャラ7人の出会いと別れの象徴でもあります。最初の事件のドミネーションと、防壁迷路と最後の場所を同じ高速道路という空間に統一したんですが、それぞれに違う感じ方ができると思います。
—素子とソガ、水中と高速道路がそれぞれに対比的なんですね。
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竹内それと防壁迷路の高速道路は、アメリカの高速道路とかジャンクションからインスパイアを受けているところもあります。以前見た資料で、それらが複雑怪奇で迷路みたいだったので。映像としても、色味を調整したり、被写界深度をわざと浅くとるようにしています。被写体がミニチュアみたいに見えるティルトレンズの効果を狙ったんですね。迷路を手のひらの上で転がしているように見せる工夫をしてみました。
—竹内さんは監督のお立場ですが、デザイナーとしてもお仕事をされています。『border:2』で印象に残っているのはどのデザインでしょうか?
竹内やはり最後の回旋ジャンクションですね。物としてのデザインよりも、橋が動いたり回転した時の周りの見え方とか、飛んでくる時の見え方とかの画面構成のデザインをやってみて面白かったです。
—メカについてはどうでしょうか?
竹内全体的に、アクションに向くようにはしています。柳瀬さんがメインのメカニックデザインにたたれているので、彼とはコントラストのあるデザインにしてみました。なので敵見方のデザインの違いがすぐ見てわりますよ。柳瀬さんは直線の構成が多かったので、ヴィヴィーの車は曲線のラインにして、実際に乗っていても恥ずかしくない範囲にまとめています。そのほうが「攻殻」らしいと思ったので。
—竹内監督のこれまでのお仕事を振り返ると、『IGPX』でメカにも男性的や女性的、他にも様々なイメージでデザインをなさっていましたが、デザインのイメージを使い分けるポイントはどんなところでしょうか?
竹内メカをアイテムとしてキャラクターを引き立たせるか、キャラクターとして存在させるかでデザインも変えていますね。それぞれ作品の方向性によって落とし所が違ってくるので。『IGPX』の時はIGPXマシーン自体がキャラクターなので、ドラマが作りやすいようにしっかり性格付けしてました。『border:2』ではメカをキャラクターの個性とリンクさせてアイテムとしての存在感を出しています。ヴィヴィーが乗っている車は女性的にしていますし、バトーが乗っているのは男っぽいゴツくてデカい通信車です。素子のバイクも素子のやんちゃさを引き立たせるために今回はスポーツタイプにデザインを変え小型化しています。前のバイクはアメリカンタイプでしたので、アクションがしづらいということもあったので。
—劇中の早い段階でみせた、バトーの運転する通信車にバイクごと乗り込む派手なアクションは、やんちゃな素子が強く印象づけられますね。
竹内身軽な感じに出来たのでよかったです。ライディングのスタイルは、ライダーとバイクが一体でバイクの形なので、そこはがんばりました。設定にも乗っている姿も描き込みましたし、バイクは3Dモデルで描かれているので、大きさの対比表を作るのに担当者と何度もやり取りを重ねましたね。
—かなり思い入れがありますが、竹内監督ご自身はバイクには乗られるのですか?
竹内年をとってからバイクの免許をとったんですよ(笑)。大型はとってませんけど、カワサキのW400という鉄の塊のようなバイクに乗っていました。最近は暇が無いのと家族で出かけることが多くなったので出番が減ってしまいました……。ただ、バイクは自分でライディングするので楽しい乗り物ですよね。その魅力が素子のやんちゃさとは相性が良いですよ。
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—『ARISE』シリーズの、キャラクターとしてのメカといえばロジコマがいますが、ロジコマの魅力や『border:2』での見所についてはいかがでしょうか?
竹内「攻殻」という作品自体ダークな世界観でテーマも重いので、ロジコマは一時の息抜きのような存在なんですよ。素子とのやり取りもほとんどコントのようですし、シリアスなドラマの中に入ると演出としても見やすくなります。ドラマに強弱をつける役割としても重要なので、徹底的に可愛らしくしました。それにロジコマはフチコマへの発展段階の途中なので、出来上がってない感も残しています。沢城さんには本当に可愛らしく演じてもらえたのですが、やり過ぎにならないように何度かやり直して頂きました。何パターンものロジコマを見せて頂けたのでとても面白かったですよ。
—確かにフチコマという未来がありますから、ロジコマはまだ子どもということになりますね。
竹内これからの話数で成長していく過程が楽しみです。
—発展段階途中のロジコマですが、『border:2』ではワイヤーアクションを見せていますよね。以前から竹内監督がやりたいと熱望していたと聞いていますが?
竹内『GHOST IN THE SHELL』の時にアレが出来るとワクワクしていたんですけど、フチコマが全く出なかったので、腹いせに『メカフィリア』(著:押井守、竹内敦志)の中で戦車をワイヤーで飛ばして憂さを晴らしていました(笑)。今回は十二分派手に飛ばせたのでスッキリしました(笑)。アレをやったことでアクションと場面転換の段取りを減らせたのも大きいですね。段取りを追うと、どうしてもお客さんが退屈してしまう。それをテンポよくすることができたのはありがたかったです。「突撃っ」とロジコマが喋るのは、シナリオには無かったんですけど、これしかないと思って加えました(笑)。
—他に『border:2』で竹内さんが力を入れた部分はどこかありますか?
竹内意外とアクションではなくて、電脳空間で素子が決起宣言をするシーンですね。「階級なしの実力主義、代償も戦後の利権も関係なくどんな状況であっても必要とされる部隊を作る」と、水面に向けて手を伸ばすシーンです。電脳空間のデザインもこのシーンを描きたくって準備したという側面もあります。501機関を抜けたあとの素子らしいカッコいいシーンだと思うんですよ。他の人たちは名誉だとかお金だとかに振り回されているので、素子のそういうイノセントな部分に惹かれて集いたくなった気がしています。だからこそ、このシーンだけはキレイに描きたかったですね。
—「攻殻」シリーズは近未来の姿を描いていることが作品の魅力の一つです。そこで最後の質問として、メカデザイナーでありSFがお好きな竹内監督が考える「未来」についてお聞かせください。
竹内未来のデザインといえば、ゴツくて派手でメカメカしいものを要求されるのですが、それは心理的な訴えや作品を作る人の好みの問題ですよね。自分が思い描く未来は、シンプルであることがキーワードです。未来って多少人を堕落はさせてしまうけど、iPadやiPhoneみたいな便利でシンプルなものに囲まれた世界な気がします。複雑なことを内側で機械にやらせて、人間が操作する部分ではすごくシンプルになっていくんじゃないかと思っています。例えば、加工技術の発展ですよね。昔は張り合わせたり組み合わせて作っていたものが、今は立体成形で全部作れるじゃないですか。3Dプリンターなんてその最たる例です。複雑怪奇な形でも環境や状況に合わせてどんな形でも自由に加工できる。その加工技術自体は未来に続いている気がしますね。
—「攻殻」の中に、そういうものを感じるところはありますか?
竹内「攻殻」は逆ですね。特に『GHOST IN THE SHELL』のイメージが強いんですが、ゴツくて機械めいている。遠い未来に飛んでいるというよりも、私たちが生きている現実との地続き感をすごく感じます。ファンタジーとかSFよりも、まさに「近」未来という言葉が似合いますよね。だからシンプルさを押し出すよりも、無骨さや完成しきれていない部分を残したほうがいい気がしています。ただ『border:2』では、未来につながるようなシンプルな部分も鏤めています。
—竹内さんの思い描く未来は、「攻殻」の先の時代ということでしょうか?
竹内そうかもしれませんね。楽しい未来ではあって欲しいですよね。
—ありがとうございました。
竹内 敦志(たけうち あつし)
1965年4月3日生まれ。福岡県出身。Production I.G所属。アニメーター、メカニックデザイナーとして、劇場アニメ『機動警察パトレイバー THE MOVIE』(89)、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(95)、『APPLESEED アップルシード』(04)、『イノセンス』(04)、『スカイ・クロラ』(08)、『キャプテンハーロック』(13)など、I.G内外の作品に多数参加。テレビシリーズ『スターウォーズ/クローン・ウォーズ』で、日本人として初めて「スターウォーズ」シリーズの監督およびメカニックデザインの一部を務めた。