Lagrange's Design Story

主役機デザインができあがるまで(その5)デザイン立体検証(作画参考用モデル製作)編

番組制作スタートに向け、大須田貴士氏(日産自動車グローバルデザイン本部)による主役機デザインのブラッシュアップ作業が本格的にスタートした'09年7月、プロダクションI.Gの番組企画スタッフのひとりからとある提案がなされた。

「アニメの作画に入るまでまだ相当時間があるのだから、そのあいだに主役機をプロモデラーに造形してもらい、デザインの立体検証を行うことはできないだろうか?」

わざわざ立体物を作り起こして行うロボットデザインの立体検証は、メカニックデザイナーならばじつは誰もが一度は体験してみたいと思う作業だ。

その反面、そうした立体検証が、番組企画側主導で行われることはまずないと言ってよい。たとえば、『機動戦士ガンダム』のメカニックデザインで知られる大御所・大河原邦男氏は、わざわざ木材を削ってソリッドモデルを作成し、自分の手がけたロボットデザインを自ら立体検証したことで知られるが、こうした行為は極めて希なケースと言えた。

つまり、大抵の場合は、プラモデルや完成品トイの製品化を通じて、メカニックデザイナーは自分のデザインが立体になった姿を初めて見る……というケースがほとんどなのである。

過去に例を見ぬ「超ぜいたくな立体検証作業」が実現へ

もちろん、そこには複数の理由が存在している。タイムスケジュール的な問題。予算の問題。さらに、決して安いとは言い難い造形制作費を注ぎ込んで立体検証を行った際に、それに見合う対価が得られるのかどうかというシリアスな問題もある。

が、本企画に限っては、幸いにもタイムスケジュール的な問題は存在しなかった。ロボットの商品化が当初から決まっているような場合は、デザインが完成した直後から製品開発がスタートするわけだが、本企画には番組スポンサーとして玩具メーカーが絡んでいないため、作画作業に入る直前まで立体検証に時間を割くことが可能であったのだ。

また、今回は「かの日産に主役機デザインを依頼する」というスペシャルな企画であったため、他のオリジナルロボットアニメ番組と比べても、メカデザインで特例的な予算を設けられる余地があった。

さらに、先の提案をした番組企画スタッフは立体物や造形物に非常に詳しく、「この人に立体検証を依頼すれば絶対に失敗することはない」という確信も抱いていた。

これだけの好条件が揃えば、もう迷うことは何もない。

結果、番組企画スタッフは、模型文化ライター/造形プロデューサーの“あさのまさひこ”氏に本件を依頼することを決定する。

同氏はそれを快諾し、造形担当として、“東海村原八”のモデリングネームでも知られる若島あさひ氏(模型の王国)を起用。さらに、主役機のデザイナーである大須田氏がそこに加わることで、立体検証に関するスタッフワークが確立された。

'09年7月初旬、日産デザインセンターにて実施された立体検証チームにおける初顔合わせ。プロダクションI.Gの番組企画スタッフ、あさの氏、若島氏がこの場に訪れ、大須田氏と大枠での方針を話し合った。結果、造形するモデルのサイズは「デザイン画の情報量が高いので、最低でも全高200mmほどのサイズでないと精密な再現は不可能」という結論に至る(写真は、若島氏にデザインのポイントを説明する大須田氏)
立体検証がスタートした時点での、準決定稿デザイン。頭部以外は極めて決定稿に近い状態だが、頭部はまだダークヒーロー系のデザインのものが装着されている。このときはこのまま決定稿に至る可能性もあったため、同デザインにて造形しはじめることになる

ちなみに、この立体検証作業におけるゴール設定は、3人のセッションに基づく、「唯一無二の主役機公式モデルたる立体設定資料の作成」だ。

そして、その制作過程を通じ、デザイン画上での矛盾点を洗い出すと同時に、立体化されたデザインをデザイン画にフィードバックすることで、立体的にも矛盾のない、より強固で揺るぎのない主役機デザインを確立することが目的に据えられた。

つまり、ただ単に「大須田氏による主役機デザインを立体化する」というような単純な話ではなく、あさの氏と若島氏は、「造形制作を通じ、主役機デザインのブラッシュアップ作業をアシストする」という重要な役割を担うことになったわけだ。

立体検証において重要なポイントとなったのが、人型形態と飛行形態における矛盾点の洗い出しだ。それほど複雑な変形ではないため大きな矛盾はないと考えられていたが、ただし、当然ながらその確証は誰の中にも存在しない。だからこその立体検証、という言い方もできるだろう
各パーツが大まかに造形され、ようやく自立するところまで到達した段階(ただしヒザから下の脚と腕は複製して2セット揃える予定であったため、「自立」とは言いつつ、つっかえ棒的なものを介してやらないと自立はしないのだが)。ディテールはまだ大雑把であるものの、全体のフォルムはこの時点ですでにほぼ固まっている。「当初から、立体化したときにそれほど矛盾が生じないであろうデザインだとは思っていたが、こちらの予想以上にウソのないデザインだった」というのがこのときの若島氏の感想である

立体検証のディレクション役を務めることになったあさの氏は、伝説の模型主導型企画『ガンダム・センチネル』('87〜'90年)において、ゼネラルプロデューサー、製作総指揮、総監督、そして3Dモデルコーディネイトを一手に担った人物である。

さらに近年では、'80年代のリアルロボットを現代の最新技術にてリメイクするバンダイの『リアルロボットレボリューション』シリーズにて、暗礁に乗り上げかけていた1/100 ウォーカー・ギャリアの商品コーディネイトを担当('08年発売)。プラモデル本体の設計監修だけでなく、パッケージデザインや付属冊子、さらには、広告やプロモーション展開にまで深く関与したことでも知られる。

対して、造形担当として指名された若島氏は、造形作家集団“模型の王国”の主催者であり、'80年代末から月刊モデルグラフィックス誌にて活躍し、バイク、現用戦闘機、アニメモデルといった多ジャンルにおいて凄腕と称され続けてきたプロモデラーだ。海洋堂をはじめとするフィギュアメーカーの商品原型制作を手がけることも多く、とくにメカニック系の造形においては日本でも屈指の造形力と表現力を誇る。

また、あさの氏とは造形の仕事を通じてタッグを組むことが多く、多くを語り合わなくても造形上でのコミュニケーションが成立する希有な存在とも言えた。

そんなふたりに、大須田氏を加えたトリオで'09年7月上旬よりスタートすることになった主役機デザインの立体検証作業だが、いちばん最初のミーティング段階で、あさの氏から手厳しい造形方針が若島氏に対し告げられる。

簡潔に言ってしまうと、「造形作家としての作風や手癖、個人的な思惑や感情をすべて排し、二次元のデザインの中に埋まっている最適値としての立体像をひたすらストイックに追求してほしい」という内容だ。

都内某喫茶店の時間貸し会議室を利用した、あさの氏、若島氏、大須田氏の3名によるミーティング風景。「ここはこういう形状が正解」といった手描きのスケッチを大須田氏がこの場で描き、あやふやなポイント、疑問に感じたポイントなどをひとつひとつしらみ潰し状態にて解明していく。しまいには、あさの氏自らポリエステルパテを盛って頭部形状を修正しはじめるのだが、喫茶店の貸し会議室で、猛烈な異臭を放つポリエステルパテを使うことはさすがに問題があったような……

「唯一無二の主役機公式モデル」を目指した孤高な戦い

こうしたガチガチな枠組みを最初の段階で設定された若島氏からすれば、自分なりの解釈に基づく造形を作品内に盛り込めないわけだから、おもしろいはずがない。

……と考えるのが普通だと思っていたのだが、実際にはそれほど単純な話ではないらしい。

「あさのさんからこうした指定が出るであろうことは最初から予想していましたし、当初より自分でもそういった方向性で造形するつもりでいたので、じつはそこは問題ではなかったんです。立体化する際にバランスを変えないとどうにも格好が付かないデザインや、面の情報量を増やさないと間が持たないようなデザインの場合は造形家なりのアレンジが必要視されますが、大須田さんのデザインには、そうしたアレンジは基本的に不要だと思っていましたから。

むしろ問題だったのは、そういうストイックな方向性での造形はすべての面や線に対し一切ごまかしがきかないので、手を抜く箇所がまったく存在しないことなんです。なので、やりがいこそあれ、デザイン画を読み込んで行けば行くほど『ああ、これはシャレにならない仕事だなあ……』と頭を抱えることになって(苦笑)」

ちなみに大須田氏的には、かねてからのファンであったというあさの氏と若島氏に自分のデザインが立体化してもらえるとあって、当初はやや興奮気味であった。

ただし、造形制作を監修し、着々と完成度を高めていくモデルを逐一じっくりと観察することが、自らのデザインを客観視することに繋がっていく。

そして、「……ああ、このデザインを3D化すると実際にはこう見えるのか。ならば、この面にはもう少し情報量が必要なので、ここにパネルラインを足すべきかも」といった具合に、デザイン画のブラッシュアップが加速していくことに繋がっていくのである。

頭部デザインの決定に基づき、ついに頭部の造形(立体検証)は3種類目に突入。各パーツのブラッシュアップも進み、最終的なスタイルが予測できる地点まで進んできた様子が伺える。が、あさの氏のチェックはひたすら厳しく、各パーツにことごとく修正指示が入っていく
赤い線で表示しているのが立体検証を行う以前の側面図で、黒い線で表示しているのが立体検証の結果を反映させた側面図。機首の位置やサイズにウソがあったことが立体検証を通じて発見されたため、それが反映された様子が見て取れる。なお、機体の上下幅は変更されていないが(実際にはもっとぶ厚いのが正解)、これは、「デザイン画に件の厚さをそっくりそのまま反映させると、機体デザインのスピード感を殺いでしまう」という理由から意図的に修正が加えられなかったことを付記しておきたい
立体検証のスタートから2ヶ月ほど経った'09年9月、頭部が新たなデザインに改変された。デザインディレクターである8月32日(晴れ)氏は「各所の面の曲率が複雑すぎる」「まだダークヒーローの顔に見える」とこれに対しやや懐疑的で、「このデザインを決定稿とするかどうかは、立体検証を行ってみた結果次第」という話へ至ることに
若島氏が造形した改変版頭部デザイン。正面パース稿とほぼ同じ角度から眺めた場合と、側面形状、上面形状はデザイン画をほぼそのまま再現することができたが、正面から見たときに左右の目の間隔が相当広くなってしまうことが発覚。もちろん、頭部の左右幅を切り詰めれば左右の目の間隔も若干縮まるが、どうにも正面から見たときの顔にしまりがない。さらに、8月32日(晴れ)氏の指摘どおり、目周辺における装甲の曲率が複雑すぎて、モデルでこれを正確に再現するのは不可能に近いという結論に。大須田氏もこうした事実に納得し、このデザインを決定稿とする案は却下されることになった
各パーツの精度が高まってきたところで、再びパーツを飛行形態状態にて組み上げてみる。大須田氏のデザイン画(側面図)と見比べてみると、実際には思いのほか上下幅がぶ厚くなることが判明。が、「ただ単にスリムなよりも適度な重量感にリアリティーがある」「正面から見たときに迫力がある」とこの厚さが逆に皆に好評で、この厚さが問題視されることはなかった

じつは、この立体検証作業にはもうひとつの目的が存在していた。

第一の目的は、造形制作の過程を通じ、デザイン画上での矛盾点を洗い出すと同時に、3D化されたデザインをデザイン画にフィードバックするということ。これは、先に記したとおりである。

対して第二の目的は、そこで完成した3D設定資料を、アニメの作画現場にて作画参考用モデルとして活用するということにあった。

というのも、大須田氏による主役機デザインには「抜け」という手法が多用されている(詳しくは本連載1回目を参照 http://www.production-ig.co.jp/works/lag-rin/special/01/)だけでなく、とくに人型形態時における主翼形状が立体的に非常に把握しづらいため、デザイン画だけを使った作画が困難を極めるであろう旨は容易に想像することができた。つまりはその困難を、正確な造形に基づく作画参考用モデルを活用することで埋め合わせよう、という発想だ。

じつを言うと、両者の目的は当初から完全な等価として考えられていた。時効となったいまだからこそ話せるのだが、「作画参考用モデル」という最終的な有効活用術を隠れ蓑として用いることで、立体検証用の予算を捻出したという経緯も有していたのである。

見方を変えれば、番組企画サイド主導の予算でロボットデザインの立体検証を行うことはそれほどまでに難しく、今回のケースは特例中の特例であったということなのだ。

モデルはほぼ完成直前、残すはディテールやパネルラインの彫り込みと、パーツの表面処理だけ……というタイミングにて実施された、3氏による最終ミーティング風景。この場に及んでも大須田氏は造形用のスケッチを描き下ろし、あさの氏は修正すべき箇所に鉛筆で厳密な指示を書き込む。また、自身のデザイン画にそれをフィードバックするために、大須田氏が組み上がったモデルをさまざまな角度からデジカメで撮影する様子も伺える。時間にして3時間ほどであったが、3時間とは思えぬほどの濃密なセッションが繰り広げられた
最終ミーティングが終了し、パーツの表面処理が終わったタイミングでもまだまだ修正指示は出る。若島氏的にはたまったものではないはずだが、モノがモノだけに、大須田氏からの反論の余地のない理詰めの修正指示には素直に従うしかない。しかしながら、こうした地味な作業の積み重ねでしか完成度を高める術はほかにないのだ

立体検証発〜作画参考用モデル経由〜3DCGモデリング行き

造形制作のスタートからほぼ半年後の'09年12月末、主役機デザインの立体検証は完了し、全高約200mmの主役機モデルがついに完成を見た。ポリエステルパテからレジンキャストへ変換されたその姿態は、一見するとアマチュアモデラーが製作したガレージキットのようだが、成形素材や形態がガレージキットと同様なだけで、これはあくまでも「唯一無二の主役機公式モデル」にして「立体設定資料」なのである。

妥協を一切許さぬ手厳しいディレクションを担当したあさの氏からは、「若島の仕事にしては、めずらしく手抜き箇所がまったく存在しないすばらしい仕事ぶり。でも、頭部形状の造形は75点ぐらいかな」という、氏ならではの言葉に基づく賛辞が送られ、大須田氏からも、「自分の描いた二次元のデザイン画が決定稿なのではなく、情報量的な意味も含め、この主役機モデルこそが真の決定稿です!」というお墨付きを頂戴するに至った。

実際に、立体検証を通じ大須田氏がデザイン画へフィードバックした要素はじつに多大で、各所に過不足なく追加された微妙な面の表情やディテールは、造形物を通じた立体検証を行わなかった際にはまずまちがいなく手が行き届かなかった箇所であった。

つまり、立体検証を提案した先の番組企画スタッフまで含め、関係者の誰もが十二分に納得のいく、これ以上はない結末を迎えたと言ってよいだろう(ただし、立体検証作業の途中に頭部デザインが二転したため、結果的に若島氏は3種類の頭部を造形するという、非常に割の合わない役割を担うことになってしまったのだが)。

なお、こうして完成を見た唯一無二の主役機公式モデルはあさの氏・若島氏・大須田氏の手を離れたのち、その呼称が「作画参考用モデル」へと改められ、XEBECにて作画の参考に用いられるだけでなく、各種イベントにも展示されることになるのだが、それはまた別のお話。

次回の連載6回目では、この作画参考用モデルがじつは作画現場以前に、3DCGモデリング制作班の現場で重宝がられていく様子を綴ってみたい。

text by Team Lagrange Point

ポリエステルパテ製の原型パーツがすべて完成し、それらをシリコーンゴムで型取り、レジンキャストに反転したパーツを組み上げた状態。パーツがグレー1色になったせいで、一気にプロダクト感が増したように見える。なお、このモデルを組み上げる目的はあくまで「作画参考用」なので、塗装は施されず、ほぼこのままの状態でアニメ制作を担当するXEBECへ引き渡された
'12年2月12日に開催されたワンダーフェスティバル2012[冬]の、『輪廻のラグランジェ』特設ブースに展示された作画参考用モデル。塗装&組み立てはプロモデラー岡正信氏の手によるもので、厳密な色指定は8月32日(晴れ)氏が、パールカラーの使用やツヤの有無といった塗装に関する指定はあさの氏が担当。塗装を施したことで、ウォクス・アウラのデザイン画がどれだけ正確に再現されているかがより鮮明になったと言えよう。立体物のファンならば、「これをそのまま原型に用いたプラモデルや完成品トイを発売してほしい」と願わずにはおれないクオリティーである(スタジオ撮影/後藤匡人、同写真提供/小学館『DIME』)

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