攻殻機動隊ARISE
むらた監督×西尾作画監督対談
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—今回この顔合わせとなった経緯をお聞きしたいと思います。最初はどちらからお声掛けされたのですか?
西尾むらたさんと『NARUTO -ナルト-』の劇場版の仕事を3作ほどやっていて、その時の仕事の印象が良かったので、『ARISE』とは別の企画でプロデューサーに推薦しました。その企画は実現しなかったのですが、それが切っ掛けでむらたさんとI.Gの繋がりが出来ました。
むらたそうですね。I.Gさんの仕事を今まで一度もしたことが無かったし、繋がりもありませんでしたので、西尾さんに誘っていただけてなかったら今もI.Gさんと仕事をしていなかったかも知れません。
西尾これまでの仕事では俺がキャラクターデザインでむらたさんが監督と、メインスタッフ同士でしたけど、俺が現場に入っていないので関係が濃いという訳ではなかったです。
むらた直接に、しかもべったりとやらせて頂けたのは今回が初めてなんですね。
西尾今までは、最初のキャラクターデザインの時の打ち合わせと、完成した後の試写の時位しか絡んでないので。
むらた 試写会の帰りの車で雑談するとか、打ち上げの時にお会いして話をする位だったんですよ。間接的には西尾さんのI.Gでの仕事とかも見ていましたので、西尾さんのお仕事ぶりを自分は知っていたんですよ。逆に西尾さんは自分のやっている仕事はあまり見ていることも無いと思っていましたので、お声掛け頂けたのは光栄でした。
西尾『NARUTO -ナルト-』の仕事はみていましたよ(笑)。
—『ARISE』に参加することになった経緯はいかがでしょうか?
西尾そのむらたさんに本来やってもらいたかった企画は日の目を見ること無く終わったんですけど、その時のプロデューサーがむらたさんの名前を憶えていたんですよ。その企画と『ARISE』が同じプロデューサーだったんですよね。それで、『ARISE』で各話で監督を立てることになったので、「前回のリベンジも兼ねてむらたさんを」という話をプロデューサーからは聞かされていました。多分、むらたさんが「西尾さんが作画監督をやるのだったら受けます」と言ったんじゃないですか(笑)。
むらた西尾さんと『ARISE』をやることになった経緯を、自分はよく知らなかったんですよ。『ARISE』のお話をいただいてから、「作画監督は西尾さんになるかもしれません」というお話が出たので、「是非、西尾さんにお願いします」というやり取りをプロデューサーとしていました。
—プロデューサーとしては、お二人に一緒に仕事をして欲しいと、それぞれにお伺いを立てていたんでしょうね。
むらたどうなんでしょうね(笑)。自分は前後関係のことはよく分かりませんけど、プロデューサーとは、「西尾さんはお忙しいですが、やれるといいですね」という雑談をしていたんですよ。それが叶ってしまいましたね。
—プロデューサーからお声がかかったのはいつ頃でしょうか?
西尾2010年の春か初夏くらいだと思います。動かしていたその企画がダメになったのと、『ARISE』のお話をいただいたのが大体同じ時期だったと思います。
—シナリオを冲方さんからいただいたのも、その頃ですか?
むらた受ける受けないの話をしている時には、大まかなプロットはあったかもしれないですね。自分が初めてお話をいただいた時点では、タイトルだけで、物語の具体的な内容は聞いていなかったです。プロットが動いているという話だけは噂程度には聞いていましてけど。それからしばらくして、話数だとか何話で何をするという、物語前半の箇条書き程度のプロットをもらいました。具体的には、素子が荒巻に銃を向けていて、墓を荒らしている場面と、他が少しあった程度でした。
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—その段階から実際のお仕事に入られたと思いますが、どのような順序で制作が進んだのでしょうか?
むらた今回は、メインのキャラクターデザインを黄瀬さんがやられているので、メインキャラクター達のラフとか資料はいただいていました。コンテに入るか入らないかの頃に、西尾さんとキャラクターの打ち合わせをしましたね。
—西尾さんにおききしますが、その時のキャラの発注で印象に残っていることはありますか?
西尾むらたさんからは特に注文はありませんでしたよ。
むらたこちらから言うよりは、西尾さんがイメージを固めていらっしゃると思ったので、お任せしようと思っていました。
西尾半分は士郎さんのイメージラフもありましたから。
むらた強いて自分がお願いしたものをあげれば、自走地雷が分解した時の感じですね。ざっくばらんな感じで、首をかしげるとか、後ろ向きになってとか、すごい抽象的なお願いをして、あとは西尾さんに投げたました(笑)。それで悩んでいただいて、いろいろやってもらったのでありがたかったですね。
—黄瀬さんがおっしゃるには、自走地雷がひっくり返って走りだす設定はむらたさんのアイデアだとお聞きしましたが?
西尾そうですね。『物体X』か『エクソシスト』みたいな、というオーダーでしたね。
むらた すごいアバウトなお願いをしたので、 西尾さんが二転三転と悩まれた話を後できいて、「これは西尾さんに怒られる」と思いましたよ(笑)。でも、仕上がりがすごい良かったので、流石だなって感心しました。
西尾3Dになるから描かなくてもいいし、複雑なギミックも仕込めるなと楽観的に考えていた部分と、3Dだからこそちゃんとやっておかないと厳しい部分と、相反する要素がありましたね。なかなか難しい作業でした。
むらた自分もすごい反省しました(笑)。3Dにするからには、立体や細かいギミックをしっかり描かないといけない。特に変形を3Dでお願いすることにしてしまったので、その部分で西尾さんの負担になってしまいました。
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—西尾さんがキャラクターデザインを担当されたキャラクター、モウトやアムリについてはどうでしょうか?
西尾あれは士郎さんのデザインのまんまですね。
—アムリの腕が開いて仕込み銃になるのも、士郎さんのアイデアにあったのですか?
むらたアレは、自分の無茶振りです(笑)。士郎さんのイメージもあったんですけど、シナリオで、分解して銃が云々とあってワクワクしてたんですが、そういうイメージラフも見当たらなかったので、西尾さんに泣きつきました。
—他に、むらたさんが印象に残っているキャラクターはいますか?
むらた西尾さんに描いていただいたモウトやアムリ、マムロもそうですけど、『ARISE』で初めて出てきた脇役のキャラクターが立っていてよかったです。
—マムロも士郎さんのイメージラフからでしょうか?
西尾マムロは無かったですね。
むらたあれは、完全に西尾さんが起こしたキャラクターです。
—イメージとしては何を考えてデザインされたのでしょうか?
西尾ストーリー上、マムロが良者なのか悪者なのか曖昧で、もしかしたら悪者なのかもしれないという体で話が進むので、どっちともとれる感じにするのを最初に思いつきました。白髪にしたのも、他のキャラと比べて埋没しないようということで決めました。目も瞳の瞳孔が開いているデザインにしているんですけど、お馴染みの9課メンバーと並べても負けないように、ということを念頭に置いたからなんですよね。
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—作画作業に入られて、コンテを見た段階で大変だと思った部分や、是非描いてみたいと思った箇所はありますでしょうか?
西尾今回、原画マンの構成が若手中心だったんですけど、彼らが取り組むには良い案配のコンテだなというのが第一印象でした。描かれ過ぎてもいないし、描かな過ぎてもいない。発想する余地も残されていて膨らませることもできるし、そのままやっても問題が無い出来になっている。そういう案配のコンテというのはなかなか無いんですよ。
むらたありがとうございます。
西尾若い原画マンには歯ごたえがあった絵コンテだったと思います。
むらた実は、そういう絵コンテを自分の理想形として目指しています。作画さんにも遊び心が入れられて、自分でも抑えるべきところは抑えている絵コンテでありたいので、極力書き込まないように意図はしています。出来ているかどうかは別で、あくまで理想形なんですが。ガッツリと描き込んで威圧感を出すよりは、作画さんが自分で考えてプラスアルファ出来るようにしたい。ただ、作画さんなんでもかんでも任せにするのではなく、演出(※1)として抑えるべきところは抑えることは目指しています。そのことに触れていただけたので、今すごく嬉しいです。作画さんからは、「ここ、分からない」と不満の声も出ているかも知れないですけど(笑)。勿論、自分がやらなければいけない部分がありますから、演出としては逃げていることになるかも知れないので、なんとか良いさじ加減でやれていれば良いですね。
—絵コンテが完成してから作画の作業に移るわけですが、その時に打ち合わせはよくしていたのでしょうか?
西尾あまりしていなかったですよ。作業に入って、支障が出た時くらいです。むしろ、担当してくれているアニメーターと話すほうが多かったですね。
むらた問題が出た時は、別の打ち合わせで西尾さんと会った時にお話して、その場で変更したり訂正したりしていました。頭からべったりと打ち合わせをするということは無かったですね。
—演出さんと、作画さんやアニメーターさん方は、カット袋でやり取りをされていますよね。印象深かったメッセージや修正指示などはありますでしょうか?
西尾言葉でのやり取りは抽象論というか、ぼんやりとした話になるので、現物でやりとりする方が伝わりやすい側面もありますよ。
むらた内容にもよります。袋にメッセージが書いてあって、その上で中にラフやコメントが入れてあることもありますし。同じ現場で仕事をしているので、あまり細かくしておかなくても、ある程度は汲んでもらえるから一言二言でも通じますから。あまりに確りと書いてあると、逆に威圧感がありますから(笑)。極力書かないようにしつつも、伝わるようにするにはどうしたらいいのか、演出としては悩みどころです。
—作業としては、レイアウトや原画があがってきたら、まず演出に渡って、作画監督にいく流れですか?
西尾そうですね。
—むらたさんからのメッセージが、西尾さんにカット袋で届くことになりますね。
むらたお願いとか、困ったことを西尾さんに投げていますね(笑)。
西尾むらたさんからは、影の注文が多かったですよ。
むらた他の作品でもそうなんですけど、無視されても仕方ないかなと思いながらも希望的観測で入れてしまうんですよ。
—具体的には、影をどうして欲しいというメッセージなのですか?
西尾顔の半分を影で覆いたいとか、グラフィカルな注文ですね。
むらたつい、バッと入れたくなるんですよね。意地悪な言い方になりますが、自分が無責任な入れ方をしたら、西尾さんはどう修正するのか興味もあって(笑)。
西尾俺、そのままやりましたよ(笑)
むらたそんなことないですよ。ちゃんと顔の立体感に合わせて修正してもらっているので。
—その辺の細かいセンスはお任せしていたんですね。
むらた無責任な無茶振りばかりしちゃいました(笑)。
—他に個別のカットで印象に残っているカットはありますでしょうか?
むらた全体を通して言うと、西尾さんが細かい芝居まで描いているのが印象的でした。打ち合わせでは「簡単に、チョロっとやるだけですよ」と言っていたんですけど、上がってくるをみると、ガッツり描き込んでいたので、原画チェックでプレッシャーを感じましたね。
西尾(笑)。
※1 『ARISE』では「演出」も監督が担当している。
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—西尾さんが原画から描かれたカットはどの位ありますか?
西尾冒頭のビル街や高速道路の辺をヘリコプターが飛んでくる、背景美術的なシーンですね。物語がはじまる前のシーンで、元々の設定に無かったので。
むらたまだ1話ということもあって、細かい美術設定などが無かったので、西尾さんにやっていただきました。
西尾最後まで一人で全部出来なかったのは悔いですけど、それをやっている場合でもなかったので(笑)。レイアウトはやりましたけど、原画は他の人に任せました。予告先行(※2)で弾みがついた感じですね。作品作りではいつものことなんですが、予告先行は無茶振りでしたけどね。
—最初に予告(先行PV)の映像が出たのが、2月12日の製作発表会の時ですね。無茶振りとはどういったことでしょうか?
むらた予告先行は特定のカットだけ完成させることになるので、流れで動かすシーンの一部だけを完成させなければならなかったり、まだ作品として固まってない段階で動かさなければならなかったです。『ARISE』に限らず他の作品でもそうなんですけど、予告編はそういった点で無茶振りなんですよね。それで作品が動き出す切っ掛けにはなるんですけど。演出からすると、「このカット選ぶの?」と驚かされるところはあります。
—宣伝としては、予告では1番良いカットを見せたいと常々思っています。
むらたそれは分かっているんですよ。なので現場としても、エンジンがかかる感じですね。それに予想外のカットが選ばれることもあって、楽しみな部分もあります。
西尾そこで問題点が露見したりもしますからね。
—今回の「border:1 Gohst pain」ではアクションシーンが盛りだくさんですが、むらたさんからアクションをやりたいというお声があったと聞いています。4カ所くらいアクションシーンがありますが、特に大変だったのはどのシーンでしょうか?
西尾アクションシーンでは、制作のほうで手練の原画マンを配置してくれたので、苦労はそれほどしなかったですね。むしろ、アクションシーンに戦力をつぎ込んでしまったので、日常芝居が手薄になってしまいました。
むらた西尾さんのほうで細かい修正をしていましたけど、圧倒的に会話などの日常のシーンのほうが多かったですよね。
西尾アクションシーンのほうはすっ飛ばしですよ(笑)
むらた派手にいけますからね(笑)。日常芝居はちゃんとやらないと、薄っぺらになってしまいまうので。
西尾日常は難しいですよね。下手に仕上がるとすぐにばれるし、上手に仕上がると印象に残らない。上手に出来て当たり前みたいなレベルを要求されますので。
むらた実はアクションよりも、日常の芝居や会話シーンのほうが、突き詰めると大変なんですよ。でもフィルムでは、あまり見栄えはしないですよね。でも、『攻殻機動隊』は I.Gの代名詞のような作品のひとつなので、そこに力を入れさせてもらっても良いかなって思って。
西尾そんなことだろうと思ってました(笑)。そのおかげで、I.Gの若いアニメーターも、どういう課題を持たないといけないのかが見えたと思いますよ。リトマス試験紙のような絵コンテでしたね(笑)。
—日常の演技で試験のようなシーンというのは具体的にどんなシーンでしょうか?
西尾アクション以外全部ですね。
むらた今までのI.Gの作品は、何気ない所作でも丁寧に描く印象がありましたので、『ARISE』もとにかく丁寧にやろうと思いました。
西尾だからと言って、動きを省略しないというわけではなくて、要所要所では違和感を感じない範囲で芝居を省いて、もたもたした感じは無いはずです。
むらた全部丁寧に描くだけではなく、ちゃんとメリハリをつくように狙って演出はしています。すごいですね、西尾さんに完全に読まれていますね。怖い、怖い(笑)。
※2 予告編やPV用に一部のカットを指定して、先に完成させること。カットの指定は宣伝側のスタッフが行う。
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—最後の質問になりますが、もしお互いに今後お仕事で一緒になった時に、どんな無茶なことでもお願いできるとしたら、どんなことをリクエストしてみたいですか?
むらた西尾さんとまたお仕事させていただけるならどんなお仕事でも嬉しいです。強いてあげるなら、アクションがバリバリで、日常芝居よりもハッタリで見せていくような作品がいいですね。あとはギャグものをやってみたいです。
西尾無茶ぶりという趣旨からは外れますけど、むらたさんとはゆったりと出来る仕事をやりたいです。むらたさんとご一緒している他の仕事では、バタバタとしたスケジュールの中で作っているので。なのでむらたさんのバタバタとした現場をこなせる力が、今回の『ARISE』では必要だから選ばれたと思います。実際に現場でも、むらたさんが全くカリカリとすることもなく作業されていたのが良かったです。
むらた時折、プチっと来ることもありましたよ(笑)。ただ、自分がそういう姿を見せてしまうと、スタッフに影響してしまうので、なるべく怒らないように気をつけてはいました。結果的には、『ARISE』の現場では、きーっとなることはありませんでしたけど。逆に、西尾さんのほうが大変なことになっていて、自分がへらへらしていていいのかって思ってましたけど(笑)。
西尾逆に、きーっとなっていました(笑)。
むらたじっくりやらしていただけるなら、ありがたいですね。
西尾今のアニメ業界ではななかなか難しいですけどね。それであれば、ギャグだろうが、アクションだろうがなんでも来いです!ただ、バタバタと作る中での良さみたいなものもありますからね。人間ピンチになれば知恵を絞ってやるもので、余裕がある時より良いアイデアだったりすることもあるりますから。ただ、そればかりだと体力が無くなるので。僕らはまだしも、動画や撮影さん、仕上げさんといった後工程にしわ寄せが行きますから。そういう人たちともニコニコ笑って出来るのが望みです。
—お時間が無い中本当にありがとうございました。
むらた雅彦(むらた まさひこ)
8月8日生まれ。埼玉県出身。シャフト、グループ・タックを経てフリーに。OVA『マジンカイザー』で初監督をつとめる。主な監督作品は映画『劇場版 NARUTO-ナルト-疾風伝 火の意志を継ぐ者』、『劇場版NARUTO-ナルト-疾風伝 ザ・ロストタワー』、『劇場版NARUTO-ナルト- ブラッド・プリズン』。TVシリーズでは『ギルガメッシュ 』、『屍姫 赫』、『屍姫 玄』、『NARUTO-ナルト- SD ロック・リーの青春フルパワー忍伝』など。
西尾鉄也 (にしお てつや)
1968年6月23日生まれ、愛知県出身。TV『おそ松くん』で動画デビュー。アニメ・スポットを経て、プロダクション I.Gに所属。『ミニパト』、『スッキリ!!・クロラ』など、デフォルメ画風にも定評がある。主な作品は、TV『忍空』、映画『イノセンス』、TV『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』、TV・映画『NARUTO‐ナルト‐』、映画『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』など。2009年東京アニメアワード ノミネート部門個人部門 キャラクターデザイン賞を受賞。