作品紹介輪廻のラグランジェ
Lagrange's Design Story
主役機デザインができあがるまで 前編
'09年6月25日に実施された2次審査の最終プレゼンテーションを通じ、その4日後の6月29日に、主役機デザインは大須田貴士氏の案を採用することが正式に決定した。当初はこの段階で大須田氏のデザインを引き上げ、アニメ畑のメカニックデザイナーにクリーンナップをお願いすることが想定されていたが、「最後の最後まで大須田氏に任せたほうがこの企画の先進性が引き立つのではないか」という意見が生じ、結果として「すべての作画用設定画稿を大須田氏に作成してもらう」という結論へ到達する。
それゆえ、大須田氏には最終プレゼンテーション用のスケッチで描き切れていなかった箇所の追加画稿作成をお願いすることになり、その後は短い期間中に多数の画稿が猛烈なペースで描き下ろされていくことになる。
具体的には、飛行形態時のランディングギア(着陸脚)や手首周辺などのディテール稿、人型形態と飛行形態の3面図、主翼パーツを取り外した状態の前後パース稿などが新たに描き起こされたのだが、加えて、番組企画スタッフから「頭部デザインに関しては再考の余地があるのではないか」という指摘が入る。「目・鼻・口に相当するパーツはモニター面に発光表示する」という大須田氏のアイデアは確かに斬新だが、頭部デザインそのもの自体のキャラクター性が弱く感じられたためだ。ストレートに言ってしまうと、「全身像として眺めたときの完成度の高さに比べ、頭部デザイン単体で眺めた際のデザインの練り込み具合が若干甘く感ずる」というのが番組企画スタッフの見解であった。
外部からの「デザインディレクター」導入へ
そうした指摘に基づき大須田氏は頭部デザインの改変に着手しはじめるのだが、双方が納得のいく上手い落としどころがなかなか見つからない。改変を加えたことで大須田氏的にはそこそこ満足の行くデザインにまで達したのだが、番組企画スタッフとしては先のモヤモヤ感がどうしても払拭されないままでいた。
そこで、番組企画スタッフはここであるひとつの手段を投ずる。幅広いデザイン知識と鋭い批評眼にてリアルロボットのデザインをディレクションすることのできる人物を、外部スタッフとして招き入れることを決めたのだ。
その人物こそが、グラフィックやプロダクトなどのデザインやプロデュースなどを生業とし、リアルロボットのデザインに関する知識も豊富な、覆面クリエイターの“8月32日(晴れ)”氏であった。
そして同氏は、この企画が正式に『輪廻のラグランジェ』となり、アニメーション制作がジーベックに決まってからも、大須田氏と二人三脚状態にてロボットデザインのクリエイトに携わり続けていくことになるのである。番組企画スタッフからロボットデザインのディレクションを打診され、大須田氏の手による主役機デザインを見せられた8月32日(晴れ)氏は、大いなる衝撃を受けていた。「……この企画は、『∀(ターンエー)ガンダム』('99年)にて富野由悠季総監督がメカニックデザイナーにシド・ミードを起用したという革命的な意志をダイレクトに継ぐものであり、実際に、それに見合ったロボットデザインがすでにできあがりつつあるではないか!」と。
が、だからこそ逆に気になったのが、頭部デザインの中途半端なクオリティーだった。番組企画スタッフが先のモヤモヤ感を同氏に打ち明ける以前の時点で、同氏のほうから先に「全身像はすばらしいが、この頭部デザインのままではリアルロボットのデザイン史にその名を深く刻むレジェンドにはならないと思う」という、鋭い指摘が投げかけられたのである。
この言葉を聞き、番組企画スタッフは「8月32日(晴れ)氏のロボットデザイン監修登用は絶対にまちがっていない」と確信。'09年7月25日の日産デザインセンターでのミーティングから、8月32日(晴れ)氏が外部スタッフとして本企画に参加しはじめることになった(なお、頭部デザインにおける紆余曲折に関してはあまりにも内容が濃密なため、本連載4回目にて改めてその詳細を紹介したく思う。よって、ここでは頭部デザインの変遷にはあえて触れずに話を先に進めたい)。
主役機には「2機の僚友機」がいるという新設定
じつは、8月32日(晴れ)氏がスタッフとして加わる以前の段階で、大須田氏にはさらなる課題がオーダーされていた。「主人公側の機体はじつは3機存在し、3機とも女性パイロットが搭乗するが、僚友機は主翼と頭部のデザインが異なっている」というなかなかの難題だ。これは、3機が横並びで画面に登場した際、引きの絵で眺めても3機の見分けが瞬時につくためへの演出的な工夫である。
その結果、主役機のブラッシュアップ作業が仮アップした9月15日からは、大須田氏は僚友機のデザイン作業へと推移。3機の位置付けは「万能戦闘機(主役機=のちのウォクス・アウラ)」「スピードに長ける一撃離脱的な攻撃機(のちのウォクス・リンファ)」「あえてスピード感をそぎ落とした偵察機(のちのウォクス・イグニス)」となり、それに併せたデザインを模索していくことになった。
具体的には、のちにウォクス・リンファとなる機体(高速攻撃機)は米空軍のF-104 スターファイターのような翼面積が極端に小さい機体としてデザインされ、のちにウォクス・イグニスとなる機体(偵察機)はスピード感を感じさせぬ丸みを帯びたオーバル翼(中央に穴が開いた翼)を有する機体として、頭部デザインも含めてリ・デザインされていったのである。
なお、のちにウォクス・アウラとなる機体と、のちにウォクス・リンファ&ウォクス・イグニスとなる機体とでは、主翼のデザインにおいて大きな違いがふたつ存在している。
まずひとつ目の違いは、のちにウォクス・アウラとなる機体にだけ主翼内に透明の部分が存在し、その透明部分の中には武器としての音を発生させる弦が装備されている点。このことには大半の方がお気付きだと思うが、ふたつ目の違いが大きなポイントだ。のちにウォクス・アウラとなる機体の主翼だけ、人型形態から飛行形態(もしくはその逆)へ変形する際に「前進翼の付け根部分で非工学的にぐんにゃりと90度折れ曲がる」のである。
これは、ロボットアニメファンのあいだでは俗に“ゲッター(ロボ)変形”などと呼ばれる、「ミラクルな力を加え、金属であるはずのパーツをゴムのように無理矢理変形させる」という、リアルさが売りのリアルロボットアニメでは本来ならば厳禁とされている手法だ。
が、この手法は大須田氏が自らの考えで取り入れたわけではなく、番組企画スタッフが最初のキックオフミーティング時に「部分的なパーツにおいてはゲッター変形でOK」と明言したがゆえの結果であった。
その理由は、主役機は「地球外からもたらされたオーパーツ(地球のテクノロジーでは製造不可能なパーツ)が部分的に用いられている機体」という設定が最初から設けられており、その端的な証しが「部分的なパーツにおけるゲッター変形」であったというわけなのだ。
これに対し、のちにウォクス・リンファ&ウォクス・イグニスとなる僚友機は、「そのすべてを地球で製造したレプリカ機」という設定の下にデザインされた。そのため、オーパーツである主翼はコピーすることができず、人型形態から飛行形態(もしくはその逆)へ変形する際、主翼形状はそのままで変化しないのである。
「地球で製造されたレプリカ機」か「地球外製造機」か
ちなみに、「そのすべてを地球で製造したレプリカ機」という設定を表現するためのテクニックとして、のちにウォクス・リンファ&ウォクス・イグニスとなる機体の主翼には、現用ジェット戦闘機的なパネルラインが描かれている。既視感を覚えるパネルラインを意図的に採用することで、「この機体は地球で製造したレプリカ機なのです」というさりげないアピールをしているというわけだ。
大須田氏と8月32日(晴れ)氏はこうした緻密なブラッシュアップ作業を周囲が呆れるほど繰り返し続け、10月末にこれら3機のデザインがほぼアップ(設定画としてのこまかな手直しは年末まで続いていくのだが)。主役機デザインコンペティションのスタートからほぼ9ヶ月にわたった濃密な日々は、ここで一旦幕を下ろすのである。
もっとも……本企画が正式に『輪廻のラグランジェ』となり、アニメーション制作がジーベックに決まったのち、「これら3機は地球外で製造された機体」という設定へと変更されたため、図らずもそのままでは3機の主翼デザインに大きな矛盾が生じてしまう緊急事態が発生。透明部分と弦の有無、ゲッター変形の有無に関しては時間的な都合でスルーせざるをえなかったが、必要最低限の対処として、ウォクス・リンファとウォクス・イグニスの主翼のパネルラインは急遽「オーパーツを感じさせるもの」へと変更されることになったのだ。
text by Team Lagrange Point
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