作品紹介輪廻のラグランジェ
Lagrange's Design Story
オービッド コクピットデザイン
ウォクス・シリーズのオービッドデザインを手がけた大須田貴士氏、そして、デ・メトリオ側のオービッドデザインを手がけた菊地宏幸氏。ふたりとも日産自動車グローバルデザイン本部に所属するカーデザイナーであるが、今回の記事は、このふたりが共に“インテリアデザイナー”であることが大きなポイントだ。
カーデザインとひと口に言っても、クルマの外観をデザインするエクステリアデザイナーとクルマの内部をデザインするインテリアデザイナーでは、当然ながらそこに求められるセンスも資質も異なるし、仕事内容も大きく異なる。大須田氏も菊地氏も普段はクルマのインテリアをデザインしているわけだから、考えようによっては、オービッドのインテリアたるコクピットデザインは「普段の仕事ぶりを生かすことのできるステージ」と言うことができよう。
反面、「普段の仕事となまじ共通項があるからこそ、逆にデザインへの取り組み方が難しいステージ」とも言えるはずだ。
いずれにせよ、本職のインテリアデザイナーが手がけるオービッドのコクピットデザインはいったいどういったものなのか、どのような過程の下に決定稿へ至ったのかをクローズアップしてみたい。
「インテリアデザイナー」として心がけていること
オービッドのコクピットデザインの話に入る前に、まずは大須田氏と菊地氏の普段の仕事ぶりに軽く触れておきたい。
主役機デザインコンペティション終了時に行ったインタビュー('09年12月)において、ふたりにインテリアデザイナーとしてのモットーを尋ねてみたところ、以下のような回答が返ってきている。
「ちいさなパーツに至るまで、『1/1(原寸大)ではどれくらいの大きさなのか』ということは必ず気にします。インテリアは『触れる』『握る』『座る』『視認する』ものをデザインする仕事なので、そこがすごく重要でして……なので、せめてざっくりとした大きさぐらいは把握しておかないと、空間表現や操作性をデザインすることが難しいんです。
だからスケッチを描く段階でも、自分がその車内空間に入ったら何をどう感じるのかをすごく考えます。たとえば、『広く感じるのか狭く感じるのか』『操作性での扱いやすさはどのぐらいなのか』『よい意味での緊張感とリラックスのどちらを優先させるのか』など、そのクルマに合った空間を演出できているかどうかを想像しながらデザインしています」(大須田氏)
「そのクルマに乗っている人がどんな気持ちでいてくれているのか、何を目的にしているか、ということをつねに想像してデザインしています。そのためには、シートに着座している人の姿勢、ギアのシフト操作の仕方、果てはカップホルダーのレイアウトまで、どんな提案がもっともお客さまからの共感を得られるかを探していく仕事なんです。
そして、もっとも重要視しているのは『高揚感と快適性のバランス』ですね。ドアを開けて室内を覗き込んだときに与える一瞬のアピアランス、シートに座った際にステアリングやシフトレバーを握ったときのワクワク感、エンジンキーを差し込みイグニッションノブをまわしたときのクルマが目覚める感覚、車内に長時間いても疲れない空間やシート、これらの緩急あるインテリアデザインを高次元で融合させ表現したいと思っています」(菊地氏)
こうした考えに基づき、大須田氏も菊地氏も長年にわたり社内デザインコンペティションに挑み続け、勝ち負けが明確に存在する世界を戦いぬいてきたのである。
なお、「このデザインがこのインテリアデザイナーの代表作です」といったかたちで世に公表することのできる日産の市販車で言うと、大須田氏はムラーノの2代目Z51型(基本が北米仕様のため、日本では'08年9月より販売)を担当。
対する菊地氏は、ティーダの初代C11型('04年9月発売)、デュアリスの初代20 FOUR(日本では'07年5月発売)、キューブの3代目Z12/NZ12型('08年11月発売)といったキャリアを重ねてきた上で、プロダクションI.G×日産による主役機デザインコンペティションへ挑んでいたのだ。
前置きが少々長くなったが、いよいよ本題たるオービッドのコクピットデザインの話に移ろう。
最初に着手しはじめたウォクス・シリーズのコクピットデザインに関しては、デザイナーまかせのデザイン先行型ではなく、鈴木利正監督のイメージに基づくリクエストからそのすべてがスタートしている。
大須田氏、菊地氏を交えたいちばん最初のデザイン打ち合わせの際に、鈴木監督から出されたリクエストは以下のような内容であった。
「コクピットは全天周囲モニター(外部カメラから取り込んだ映像をコクピットの内壁に投影し、パイロットが空間に浮かんでいるようなシチュエーションを作り出す)形式で、人型形態時と飛行形態時ではシートが変形し操縦姿勢が変化するのが望ましい」
「飛行形態時に関しては戦闘機を操縦するような感じではなく、ステアリング操作も含め、クルマなどの乗りものの操縦に近い雰囲気で」
「人型形態時には、ステアリング形状がシートの左右に設置された球体の操縦桿に変形する。パイロットがその球体操縦桿を握ることにより、ウォクス・シリーズはパイロットの意志を感じ取り作動する設定にしたい」
こうしたリクエストを受け、それらの要素を踏まえたスケッチを大須田氏が提出したのだが、それを見た鈴木監督からは「人型形態時と飛行形態時を見比べた際、操縦姿勢があまり変わった感じがしない」とのコメントが生ずる。
「であれば……」と大須田氏は追って改定案を提出するのだが、そのスケッチに対しても、まったく同様のコメントを頂戴することになってしまうのである。
「機構学的整合性」と「見た目のインパクト」のせめぎ合い
大須田氏は機械工学出身のカーデザイナーであるため、日常的なインテリアデザインの仕事においても、まずは機構学的にものごとを考える習慣があるという。
よって、ウォクス・シリーズのコクピットデザインに関しても、機構学的な見地から「あの狭い空間の中で、どうすれば物理的矛盾を生じさせずにシートを変形させることができるか」ということを生真面目に検討したがゆえに、自分では意識しなくとも、「見た目のインパクトやおもしろさよりも、機構的整合性の部分が先に立ってしまった」ということなのだろう。
結果、大須田氏は思考の袋小路に陥ってしまい大いに悩むことになるのだが、そうした状況を打破したのは、大須田氏のデザイン作業を横で眺めていた菊地氏であった。
デザイン打ち合わせの際、大須田氏から「何かもっとよいアイデアがあるならば、僕に遠慮せずにぜひそれを描いてみてください」と言われていた菊地氏は、大須田氏のデザインスタイルとは真逆の、「機構的整合性よりも、見た目のインパクトとおもしろさを優先させた」スケッチを提出。それを見た鈴木監督が同案に一発でOKを出しただけでなく、大須田氏もその「よい意味で自由奔放なアイデア」に脱帽し、菊地案をベースにしてアレンジすることによりその後のデザイン作業が進行していくことになったのだ。
ちなみにその菊地氏のスケッチは、以下のような発案に基づくものであった。
「デザイン上でもっとも意識したのは、パイロットのシートへの固定のさせ方です。シートベルトの付いた兵器っぽいコクピットにはしたくなかったので、パイロットの固定方法は腰のみにして、できるだけ開放感を表現できるようにしました。とくに背中を支えるシートバック部は開放感をもたせるために意識的に排除し、飛行形態時も人型形態時もパイロットの体をミニマムで保持して、コクピットの中にいながら風を感じるようなイメージでデザインしています。
なお、飛行形態時はスポーツをするように、大空を滑空する爽快感を表現したいと思い、レーサーバイク風の搭乗姿勢にしています。人型形態時は、きちんと相手と対話することができるビッグスクーター風の着座姿勢を提案しました」
ウォクス・シリーズのコクピットデザインはこうして最大の難関を乗り切ったわけだが、では、リベルタス、ウォルンタス、テネリタスといった、デ・メトリオ側オービッドのコクピットデザインはいったいどのように進行していったのだろうか?
「開放感」の対極としての「拘束」というスタイル
菊地氏が提案したデ・メトリオ側オービッドのコクピットは、「拘束」というテーマに則ってデザインされている。開放感溢れるウォクス・シリーズのコクピットと比べると、まったく正反対のイメージを有していると言ってもよいだろう。
その狙いを、菊地氏はこう説明する。
「ウォクスにしてもデ・メトリオ側オービッドにしても、ポイントはやはり、パイロットのシートへの固定のさせ方なんです。
ウォクスのコクピットは胸の部分にあり、つねにパイロットとウォクスが別人格として位置付けられています。つまり、それが『人と機械の共生』を体現しているんです。
それに対し、デ・メトリオ側オービッドのコクピットは頭部にあり、オービッド自体に人格を与えていません。人が搭乗しなければ絶対に動かない。搭乗の方法も頭部を左右に分割して乗り降りするという、視覚的に『パイロットがこのロボットの頭脳なのだ』という表現をしています。
それゆえ、コクピット内部には一見すると拘束具にも見えるシェル構造のシートを設置し、パイロットはその中に体を埋め込み、頭と腕のみを動かすことができるという、極端に自由を拒んだ表現にしたんです。『身体拡張兵器として成り立つオービッドしか持たぬ敵側の人々が、機械に取り込まれる』というイメージを使い、主役機側との対比でおもしろさを表現したつもりです」
こうした奇抜なアイデアの提案に対し、初期のスケッチに対しては「さすがに拘束しすぎでは……」と鈴木監督はやや難色を示していたのだが、段階を追って表現を和らげていった結果、適切な落としどころに近付いていくことになった。
いずれにせよ、デ・メトリオ側オービッドのコクピットデザインに関しては、菊地氏の中で終始一切ブレがなかった様子が伺える。
また、オービッドのコクピットに関するすべてのデザイン作業をトータルして眺めた際、とにかく菊地氏は水を得た魚のごとく伸びやかにデザインをこなし、対する大須田氏が大いに苦戦するという、その対比が非常に興味深い。
「ウォクスのコクピットデザインに関しては最終的には大須田がまとめてくれるので、その点も含め気楽にのびのびやれたというのはありますね」と菊地氏は笑うが、単純な勝ち負けの話ではないものの、「オービッドのコクピットデザインに関しては、菊地氏がデザインコンペティションに勝った」という見方をすることも可能なはずだ。
そういう意味でも、オービッドのデザイン作業において菊地氏がその腕を思う存分振るうことができたのは、じつはオービッドのインテリアデザインたるコクピットデザインであったと言うことができるだろう。
'12年3月6日、日産はジュネーブモーターショー(一般公開:3月8日〜18日)に出品したハイブリッドコンセプトカー、“ハイクロスコンセプト”を世界に向け公開した。
ジューク、デュアリス、ムラーノというクロスオーバーラインナップを拡充し、同分野のリーダーシップを発展させることを目的としたコンセプトカーなのだが、同車のインテリアデザインは、じつは大須田氏の手によるものなのだ(なお、ここでは余談になってしまうが、同車のエクステリアデザインは、マグレーグル、マグフォート、マグドーラらのオービッドデザイン原案を手がけた村林和展氏が担当している)。
「ウォクス デザイン完了以降」に生まれたインテリアデザイン
主役機デザインコンペティションとその後のブラッシュアップ作業を通じ、それ以降は「本業のカーデザインにおいて、デザインに取り組む姿勢やアプローチが大きく変わった」と大須田氏は語る。
つまり、言わばこのハイクロスコンセプトは、大須田氏にとっては「ウォクス・シリーズ デザイン完了以降」に初めて具体的なかたちになったインテリアデザインなのである。
「ウォクス・シリーズを手がけたあとの本業のデザインでは、『規制の枠に囚われず、デザインとして純粋に格好よい、使いやすいといった、本来あるべき姿へのクリエイティビティを発揮する』という思いが甦りました。自分がこれまで影響を受けてきたものを咀嚼して『自分らしさ』が構築されていると思うのですが、本業でもそれをストロングポイントとして素直に表現できるようになった気がします。
このハイクロスコンセプトのインテリアデザインも多くのパーツの集合体で構成されていますが、全体として見た際の緩急のバランスや一体感の重要性は、ウォクス・シリーズのエクステリアデザインと共通するところがあるように思います。ウォクス・シリーズの設定画ではひとつのビュー(パース画)でデザインのよさを表現しなければならなかったのですが、その『ひと目で惹きつける魅力』の重要性も、ハイクロスコンセプトのデザインに盛り込んだつもりです」
ハイクロスコンセプトにおける仕事ぶりを、大須田氏はこのように解説する。
ハイクロスコンセプトの車内がウォクス・アウラ色たるグリーンに発光するのは「そこは本当にただの偶然(苦笑)」とのことだが、同車のインテリアデザインから滲み出るSFガジェット感と、ウォクス・シリーズのデザインに対し、遺伝子レベル以上の共通項を見いだすことは容易だ。
とくに、優美な曲線と曲面にて構成されたダッシュボード付近にウォクス・アウラの姿が被って見えたとしても、それは目の錯覚とは言えないだろう。ウォクス・アウラのデザイン画を見た際に生ずる「このロボットの立体物を見てみたい、その立体物がほしい!」という感覚と、ハイクロスコンセプトのインテリアデザインを見た際に生ずる「このシートに座ってみたい、運転してみたい!」という高揚感は、コインの表裏の関係に近い。
主役機デザインコンペティション〜『輪廻のラグランジェ』のデザイン作業にて、アニメーション作品とカーデザインの異業種コラボレーションは完結したわけではない。
ハイクロスコンセプトを見てもわかるように、アニメーションとカーデザインの異業種コラボレーションはこの先も(目には見えぬかたちででも)連綿と続いていくのである。text by Team Lagrange Point
LAGRANGE DESIGNS
〜輪廻のラグランジェ メカデザインブック
刊行!
『輪廻のラグランジェ』に登場するオービッドのデザイン過程のみに特化したデザインブック『LAGRANGE DESIGNS [輪廻のラグランジェ]——カーデザイナーが描いたロボット』が、かの『CAR STYLING』誌のスペシャルエディションとして絶賛発売中!(税込価格1,980円) 詳細は、同社Webサイトhttp://carstyling.co.jp/を参照されたし!!
- 輪廻のラグランジェ 公式サイト
- http://lag-rin.com/
- 日産:輪廻のラグランジェ スペシャルサイト
- http://www.nissan.co.jp/ENTERTAINMENT/LAG-RIN/