作品紹介輪廻のラグランジェ
Lagrange's Design Story
主役機デザインができあがるまで(その4)
本連載2回目にて説明したとおり、大須田貴士氏(日産自動車グローバルデザイン本部)による主役機デザインの最終的なブラッシュアップ作業において、大いに難航したのが頭部デザインとカラーリングデザインであった。
カラーリングデザインにおける紆余曲折に関しては本連載3回目にて解説したため、今回はあえて先送りにしてあった頭部デザイン編である。
番組企画スタッフからの具体的な要請を受けることなく、基本的に大須田氏ひとりのアイデアとセンスにてまとめあげた主役機の最終的な頭部デザインは、'09年6月25日付けの画稿(主役機デザイン コンペティションの最終プレゼンテーション提出画稿)ということになる。
いわゆる「顔」を構成するパーツが存在せず、目・鼻・口などに相当する要素は、黒いモニター面に発光表示される(しかも、機体の状況に合わせて発光表示のパターンが変化する)……という、これまでのリアルロボットアニメには存在しない斬新なアイデアが光る反面、番組企画スタッフ的には、頭部デザインそのもの自体のキャラクター性の弱さをやや問題視していた。引きの絵として全身像で眺めているぶんにはそれほど気にならないのだが、寄りの絵として頭部だけをクローズアップした際に、造形としてのインパクトの弱さや練り込み具合の甘さが感じられたためだ。
だがこれは、じつは大須田氏の狙いのひとつでもあった。
本職がプロダクトデザイナーである大須田氏的には、頭部デザインだけが偏重視されている既存のロボットデザインに疑問があった。「頭部は全身を形成するためのひとつのユニットなのだから、行きすぎた自己主張をしない、キャラクター性の弱い頭部を乗せたほうがプロダクトデザインとしての完成度が高まるのではないか」という理屈だ。
「アニメ劇中で映えるプロダクトデザイン」こそがベスト
これは理屈としてはもっともなのだが、ひとつの大きな矛盾をはらんでいた。番組企画スタッフ的には、日産のカーデザイナーに依頼することでプロダクトデザイン的なロボットを獲得したかったわけだが、ただし、アニメ劇中でそれが魅力的に映えなければ、根本的なところで意味を成さないことになる。
つまり、純粋なプロダクトデザインというよりは、「アニメ劇中内で映えるプロダクトデザイン」というのがそもそも欲していた落としどころであったというわけだ。
ディスカッションを通じその意見に納得した大須田氏は、さっそく頭部デザインの修正に着手。「仮にモニター面がブラックアウトしていても寄りの絵が成立するような、キャラクター性の強い頭部デザインへの改変」を目標に、いくつもの案が試行されていく。
そして、そこで新たに生み出された頭部デザインたちはどれも非常に興味深く、アニメ畑のメカニックデザイナーからはなかなか出て来ないような造形に溢れていたのだが、ここでまた新たな問題がくっきりと浮き彫りになってしまう。
主役機デザイン コンペティションの段階からその傾向が見て取れてはいたのだが、大須田氏の描くロボットの顔の発光表示パターンはどれも少々「怖い」のだ。
怖い、と書くとやや語弊があるかもしれないが、たとえるならばBATMANやSPAWNのような闇の雰囲気、言わばダークヒーロー的な芳香が漂っているのである。
たとえばこの主役機が、それこそBATMANやSPAWNのような位置付けにあってもよいのであれば、大須田氏の描く顔の発光表示パターンはどれも秀逸と言えた。
ただし、主役機にはティーンエイジャーの女性パイロットが搭乗することがあらかじめ設定されており、それに基づき女性的な曲線主体のフォルムにて全身がまとめあげられていたことを考えると、ダークヒーロー的ないま現在の顔の雰囲気は「全身とそぐっていない」と言われても仕方がないところではあった。
が、この段階までデザイン作業を進めてきて、いまになり「黒いモニター面に目・鼻・口などに相当する要素が発光表示される」というアイデアを放棄するのは、さまざまな意味においてベストな選択とは言い難い。
よって、大須田氏なりに納得のいく段階まで頭部デザインに改変を重ねた'09年7月中旬にて一旦この作業は棚上げとし、顔の発光表示パターンに関してはのちに再考するという消極的解決策を選択。まだ決定稿が存在していない、コクピットなどのディテール詳細稿や、変形機構説明図などの描き下ろし作業に移行することになる。
頭部単体でも「プロダクト」として成立するのが理想
この「もしかすると、いまのままでは頭部デザインに対しオチが付かないかもしれない」という状況を打破すべく、デザインディレクターとして外部より招聘されたのが“8月32日(晴れ)”氏であった。
同氏は7月25日のミーティングから正式にスタッフとして参加しはじめ、すぐさま頭部デザインの考察に着手。
そこで至った氏なりの問題解決策は、大まかに言うと2点に絞られた。
- ●黒いモニター面を頭部デザインの支柱に据えてしまうと、黒の面積が広大になるうえに顔面が黒一色と化してしまうため、どうしてもダークヒーロー感が滲み出てしまう。
そのため、黒いモニター面の面積を減らしつつ、白い装甲パーツの形状を利用してある程度まで顔の構成を作り込むことで、発光表示する要素を目周辺のみに絞り込む
- ●ロボットのデザインとして考えたとき、全身像として眺めたときのフォルムと同等以上に、頭部単体で眺めたときのインパクトが重要視される事実は避けようがない。
よって今回は、頭部単体で眺めた際にもプロダクトデザイン感を強く覚えるような、プロダクト(全身)on プロダクト(頭部)たる二重構造を設けたい
大須田氏的には、「ただ単にキャラクター性の強い頭部デザインへの改変を目指すのではなく、頭部単体で眺めた際にもプロダクトデザイン感を強く覚える頭部デザインへの改変を目指す」という、この言葉に至極納得。
その結果、同提案を成就させる方向性で、それまでとは考え方を大きくシフトチェンジさせることになる。
シフトチェンジ当初には大きなとまどいも生じ、理解不足からあらぬ方向性に転ぶ(既存の典型的なリアルロボット顔にどんどん近付いていく)瞬間も見受けられたものの、ピントが徐々に合いはじめてからは、快走に次ぐ快走を連発。
そして、主役機とその僚友機の基本的なデザインがほぼすべて仕上がろうかというタイミングの10月10日、大須田氏から会心の一撃たるスケッチが提出される。
そこには、8月32日(晴れ)氏をして「幻の6速にギアが入った」と言わしめた、これまでのスケッチとは一線を画す頭部デザインが描かれていたのだ。
「……いやね、自分の本職がカーデザイナーであるということを、何か久しぶりに思い出しちゃったんですよ」
苦笑しながらテーブル上に件のスケッチ群を並べていく大須田氏の表情は、8月32日(晴れ)氏からすると「何かがふっ切れたように見えた」らしい。
それは、「カーデザイナーの手がけるロボットデザインは、なんとなくクルマっぽいんでしょ?」という安直な発想に抗い続けていた大須田氏なりの妥協点であったと同時に、「生業におけるノウハウやセオリーを照れることなく注ぎ込むことこそが、本企画における己の役割分担なのかもしれない」という、ポジティブな意味での開き直りの瞬間でもあったはずだ。
なぜならば、先の頭部デザインのスケッチには、クルマのインテリアデザインにおけるインストルメントパネルや、エクステリアデザインにおけるリアコンビネーションランプなどをストレートにイメージさせる発光表示パターンが用いられていると同時に、白い装甲パーツの構成にも明らかにカーデザイン的手法が投じられていたのだ。
同スケッチを見た8月32日(晴れ)氏は、即座に「……これです! 要するに、こういうことなんです!!」とそれらを大絶賛。「これをベースに磨き込んでいけば、必ずやロボットデザインにおける新しい地平が開ける」と太鼓判を押すと同時に、頭部デザイン問題における最大の峠を乗り切った旨を番組企画スタッフに対し明言する。
そして、以降は大須田氏×8月32日(晴れ)氏のふたりによる、ミクロン単位のせめぎ合いによるデザインブラッシュアップ作業に突入していくことなるのである。
「プロダクトデザイナー」にしか描けない頭部デザイン
そののち、いよいよ'09年10月24日に、主役機(のちのウォクス・アウラ)の頭部デザインが決定稿へと到達。
続けて、3~4馬身ほど差で追走していた僚友機(のちのウォクス・リンファとウォクス・イグニス)の頭部デザインも完成し、4ヶ月以上にわたった頭部デザイン問題はこれにてようやく収束のときを迎えた。
なお、本件における頭部デザインが大いに難航した理由を、8月32日(晴れ)氏はその当時こう語っている。
「ロボットのプロダクトデザイン感を純粋に追求していくと、大須田さんの言うとおり、頭部というのは単なる1ユニットにまで比重が下がっていくのは当然です。
ただし、『人形は顔が命』という有名なフレーズが物語るように、人型を成すものを見る側の感覚的には、やはり顔(頭部)に対し偏重的に愛情を注ぐという行為は避けられない。つまり、それゆえにこれまでのロボットは頭部デザインが偏重視されてきたわけですが、プロダクトデザイナーたる大須田さんがその流れに乗りたくなかったこともよくわかります。
でも、頭部デザイン偏重案と、頭部デザイン偏重廃止案の、その狭間に必ずや、プロダクトデザイナーにしか描けない新たな頭部デザインが存在すると思ったんです。
なので、大須田さんにはものすごく手間と時間をかけさせてしまって本当に申し訳なかったのですが、最後の最後まで安易にOKを出さなかったことで、絶対にカーデザイナーにしか描けない頭部デザインへ到達できた気がしています」
そして、この言葉に対し大須田氏はこう応えている。
「本体の特徴である“羽衣”を際立たせたかったのと、胸部との一体感を持たせたかったために、当初は頭部を簡略化することこそがカーデザイン的なアプローチであると信じていました。顔の発光表示ディスプレイも、できるだけ色数を使わずシンプルにしようと。
なぜかと言うと、一般的なプロダクトデザインというのは、いたずらに要素が増えたりノイズになるような箇所が増えることをあまり善しとしないんです。だからそこに執着していたころは、『カーデザイナーとしての自分』が前に出過ぎていたんでしょうね。
ただし、8月32日(晴れ)さんとの話し合いによって、徐々にその氷が解けていったと言うか、そのあたりを客観的に見られるようになっていった。
つまり、この主役機のデザインは、最終プレゼンテーションまでは確かに僕の個人作品ですが、(のちにウォクス・アウラやリンファ、イグニスと命名される)最終的な決定稿に関しては、8月32日(晴れ)さんとの共同制作作品と言ったほうが正しいと思います」
text by Team Lagrange Point
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- 輪廻のラグランジェ 公式サイト
- http://lag-rin.com/
- 日産:輪廻のラグランジェ スペシャルサイト
- http://www.nissan.co.jp/ENTERTAINMENT/LAG-RIN/