Lagrange's Design Story

主役機デザインができあがるまで(その6)3DCGモデリング編

玩具メーカーにとって都合のよい、どこかで見たことのあるようなロボットデザインになることを避けるため、本企画における主役機のデザイン作業は、デザイナーに対しできるだけ足枷を課すことなく進められてきた。その旨はこれまでの連載を通じてすでにご理解いただけたことと思う。

そしていよいよ『輪廻のラグランジェ』としてアニメ制作が本格的にスタートを切ることになったわけだが、この時点で、鈴木利正監督とXEBECのスタッフは「人型形態でのアクションシーンは手描きで作画し、変形シーンと飛行形態にのみ3DCGを用いる」という方式をすでに選択していた。これは、『劇場版 ブレイク ブレイド』('10〜'11年)のメカニック作画監督として世間より高い評価を受けた松村拓哉氏が、「メカ総作監」という役職に就任したことが大きな要因のひとつであった。

なお、3DCGのモデリングとそれを使用したパートのデジタル映像制作を担当することになったのは、CG・VFXスタジオのグラフィニカだ。

立体としての正解値は「作画参考用モデル」内に存在する!

まずは、グラフィニカのスタッフと大須田氏が面通しを済ませ、主役機の3DCGモデリングがいよいよスタートを切る。

手順としては、最初に主役機=ウォクス・アウラをある程度のところまで仕上げ、その後、頭部と主翼を差し替えることにより、2機の僚友機=ウォクス・リンファとウォクス・イグニスを同時並行にてモデリングする……という流れにて作業を進めていく旨を決定。この際、立体検証作業を通じて完成した作画参考用モデル(人型形態と飛行形態の2種)がグラフィニカへ持ち込まれ、大須田氏より「デザイン画よりもむしろ、作画参考用モデルのほうを参考にして3DCGをモデリングしてほしい」というリクエストが告げられた。

のちに実施されたグラフィニカでの打ち合わせ現場にて、まずは初めの一歩としての3DCGモデルを大須田氏が確認。その際に双方からの意見を擦り合わせた結果、「作画参考用モデルを参考にしてモデリングすることが、ゴールへの最短距離に繋がる」という見解が一同のあいだで合致するに至る。

ただし、3DCGモデリングに対する大須田氏のこだわりぶりは半端なく、同氏が必要に応じその都度描き下ろす修正依頼画像の作成枚数は、時間経過と共に増えていったのだ。

さらに数段階進んだ3DCGモデルに対する、大須田氏からの修正依頼画像。大須田氏による本業での3DCGモデル監修経験に基づく修正指示の的確さも見事だが、そうした意見を的確に拾いモデリングに反映させていく、グラフィニカの吸収能力の高さにも注目したい
グラフィニカから送付されてきた3DCGモデルに、大須田氏がコメントを書き込み送付した極初期段階の修正依頼画像。右側が初回の打ち合わせ時に提出されたもので、左側が打ち合わせ内容を反映させたもの。大須田氏はこの段階ではあえて、作画参考用モデルの画像を貼り付け「頭部のサイズがちいさすぎる」と指摘する程度にとどまっている点が興味深い
モデリングが数段階進んだ3DCGモデルに対する、大須田氏からの修正依頼画像。大須田氏からの具体的かつ詳細な修正指示は、この段階から入りはじめていく
さらに数段階進んだ3DCGモデルに対する、大須田氏からの修正依頼画像。相当に緻密でこまかな修正だが、ここでも見方を変えれば、ついにこうした微々たる修正の段階にまでモデリングが進んできたことの証明とも言えよう
初期段階の頭部の3DCGモデルに対する、大須田氏からの修正依頼画像。グラフィニカに持ち込まれていた作画参考用モデルを入念に観察することで、相違点の解決が図られることになる
数段階進んだ頭部の3DCGモデルに対する、大須田氏からの修正依頼画像。デザイン画に極めて近い地点まで、一気に進化していることがわかる
やや一足飛びになるが、気が遠くなるような回数の修正を繰り返したのちに、ついに完成に至ったウォクス・アウラの3DCGモデル。大須田氏が描いたデザイン画とそっくりなことはもちろん、正面図、側面図に関しては、大須田氏のデザイン画以上の説得力を醸し出している。作画参考用モデルと3DCGモデルの制作を通じ、ウォクス・アウラの「デザイン正解値」が厳密に導き出された姿である

しかし、3DCGのモデリング開始からしばらくしたころには微調整レベルにまで到達し、大須田氏による修正依頼画稿の作成枚数も減少傾向に。

さらに、3DCGモデリング作業が最終的な煮詰めの段階に突入すると、途中からオービッドデザイン監修として参加していた8月32日(晴れ)氏なりの発案が、幾度となく3DCGモデルのクオリティーアップに生かされていくことにもなる。

ウォクス・アウラと同時進行にてモデリングされはじめた、ウォクス・イグニスに対する大須田氏からの修正依頼画像。飛行形態の主翼をそのまま人型形態に移植した際、正面から見た際にややなで肩になったため、主翼の折れ曲がり角度を検討する必要が生じた

8月32日(晴れ)氏のサポート参加と「1%刻みの検証作業」

たとえばウォクス・イグニスの主翼サイズに関する問題(人型形態だと主翼が大きく見えすぎるのだが、飛行形態だと主翼がちいさく見えすぎるという一件)が表面化した際には、「現状の3DCGモデルの主翼サイズを100%と定義し、100%から90%まで1%刻みで縮小した10通りのモデリングをテストすれば、その中から最適値たるサイズが必ず見つかるはず」と進言。その言葉どおりにグラフィニカにモデリングしてもらったところ、8月32日(晴れ)氏は「95%縮小がベスト」大須田氏は「94%がベスト」という見解が生じ、両氏の協議により、最終的には95%縮小案が採用されている。

ちなみにウォクス・リンファに関しては、先の2機からかなり遅れた状態にてモデリングがスタートしていた。モデリングの進展に合わせ、大須田氏からその都度こまかな修正依頼が出されるのは先の2機と同様だが、先の2機を作成した経験値がすでに備わっていたため、グラフィニカから送付されてきた3DCGモデルは最初からかなりの完成度を誇っていた。

よって、この調子ならば、ウォクス・リンファは先の2機以上にすんなりと完成に至るのではないか……という空気感が当初より漂っていたのだが、大須田氏による、とあるひとつの修正依頼により事態が急転。

人型形態と飛行形態間における、かなり大きなデザイン的矛盾が発覚してしまったのである。

完成へ至ったウォクス・イグニスの3DCGモデル。頭部と主翼以外はウォクス・アウラからのパーツ流用のため、もっとも手早くモデリングが完成した機体となった。なお、本連載2回目のラストで触れたとおり、ウォクス・イグニスは当初「地球で製造したレプリカ機」という設定であったものが途中で「地球より技術が発達した文明下で製造された機体」という設定に変更されたため、モデリングの最終段階にて、主翼内のパネルラインが現用戦闘機風のものからオーパーツを感じさせるものへと改められている
モデリングが数段階進んだウォクス・イグニスの3DCGモデルに対する、大須田氏からの修正依頼画像。垂れ下がっていた主翼の角度は、主翼を吊り上げたモデルと水平にしたモデルの中間を落としどころとすることが決定
初期段階のウォクス・イグニス胸部パーツ3DCGモデルに対する、大須田氏からの修正依頼画像。こうしたパーツ単位でもさまざまな角度から眺めることができるため、大須田氏的にも修正する方向性がはっきりとしてわかりやすかったはずだ
初期段階のウォクス・イグニス頭部3DCGモデルに対する、大須田氏からの修正依頼画像。グラフィニカ的にはウォクス・アウラを先にモデリングした経験値を生かしているため、最初の段階から完成度は高かった

大須田氏からグラフィニカに対し出された件の修正依頼は、以下のような内容だった。

「まずはウォクス・イグニスのときと同様に、飛行形態時の主翼をベースとして考え、それを人型形態へ移植させる方法を取ります。要するに、飛行形態と人型形態の主翼を基本的に同一にし、それぞれの形態に合わせてそれぞれの主翼形状を微妙にチューニングする、ということです。

なので、次回は今回の修正指示を盛り込んだ飛行形態の主翼を、人型形態へそのまま移植してみてください」

この言葉を聞かされる以前にグラフィニカから提出されていた人型形態の3DCGモデルには、じつは飛行形態の主翼とはまったく形状の異なる、人型形態専用にモデリングされた主翼が装着されていたのだ。

が、こうした修正依頼を受け、飛行形態の主翼をそのまま人型形態へ移植し作成された3DCGモデルは、大須田氏の手による人型形態のデザイン画とは相当にかけ離れた姿を有していたのである。

3DCGモデリング監修における「大須田氏なりの狙いと目的」

これまで、各機体のデザイン画内にここまで大きな矛盾が存在しなかったこともあり、ここでどういった対処法を用いるべきか、大須田氏と8月32日(晴れ)氏のあいだで意見交換がなされたが、両者の意見は割れた。

8月32日(晴れ)氏は、「デザイン画における人型形態のストイックな主翼形状を正解とし、飛行形態の主翼を人型形態のものに揃えるべきでは」と切り出したのだが、対する大須田氏からの返答は以下のような内容であった。

「じつは今回の3DCGモデルにおける人型形態を見ていて、これはこれでOKなのではないかと思えてきまして……。確かに主翼形状がちょっと派手で子供っぽいですけど(苦笑)、これはこれでカッコイイな、じつはこっちのデザインのほうが好きな人が多いんじゃないかな、と」

このようにしてウォクス・イグニスのモデリングにおける最大の問題も解決に向かい、最後の1機たる3DCGモデルがついに完成することに。これにて、3DCGモデリングに関する全作業が完了したのである。

ちなみに……ここまで読み進めてきた方からしても、大須田氏がなぜここまで執拗に3DCGモデルの完成度にこだわったのか、いまひとつ理解し難いのではないかと思う。

じつは、大須田氏の中には先の作画参考用モデル制作のときと同様に、「こうして完成した3DCGモデルこそを、真の決定稿デザインにしたい」という思いがあった。「自分の描いた2Dのデザイン画はあくまで最初の叩き台であって、そこに1Dを足した3Dの作画参考用モデルと3DCGモデルこそが、絵的な矛盾の存在しない正確な姿であり、それこそを決定稿デザインとしたい」という考え方だ。

そうした視点にて、大須田氏の手による修正指示画稿たちをぜひとももう一度じっくり見直してみてほしい。「デザイン」というものに対する同氏の熱く真摯な思いが、貴方にも必ずや伝わるはずだ。

text by Team Lagrange Point

飛行形態の主翼を人型形態に移植した状態の、人型形態の3DCGモデル。大須田氏のデザイン画とは主翼形状が異なるものの、大須田氏は「このままでOK」と判断。結果、この3DCGモデルこそが最終的な決定稿デザインという位置付けになった
こちらも完成へ至った、飛行形態の3DCGモデル。ウォクス・イグニスと同様に、モデリングの最終段階にて、主翼内のパネルラインが現用戦闘機風のものからオーパーツを感じさせるものへと改められている
初期段階のウォクス・リンファ頭部3DCGモデルに対する、大須田氏からの修正指示画像。2機分のモデリングによる経験値が注ぎ込まれているため、ウォクス・イグニスのときよりもさらに最初から完成度が高い
モデリングが数段階進んだウォクス・リンファ頭部の3DCGモデルに対する、大須田氏からの修正依頼画像。ウォクス・リンファの頭部は3機のなかでもっともシャープでスピード感が高いデザインであるため、そこを追求する大須田氏のこだわりは半端ない
さらに数段階進んだウォクス・リンファ頭部3DCGモデルに対する、大須田氏からのひさしパーツとアゴパーツの接合部分に対する修正依頼画稿。プロダクトデザインとしての「らしさ」をとことん追求している様子が伺える

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