作品紹介輪廻のラグランジェ
Lagrange's Design Story
デ・メリト側オービッドデザイン
日産自動車において主役機デザインコンペティションが実施されていた段階では、主役機とその僚友機が交戦する相手はじつはロボットではなく、怪物的な地球外生命体となる想定であった。
が、『輪廻のラグランジェ』として番組企画が正式に構築されるにあたり、'10年12月、主役機と僚友機が交戦する相手はロボットとなることが決定。これに伴い新たなロボットをデザインする必要性が生じたわけだが、ここでスタッフたちは一抹の不安を覚える。
かの日産にそのデザインを依頼し、凝りに凝りまくった主役機と僚友機のデザインを作りあげてしまった以上、ここで敵側のロボットをごくごく一般的なデザインにしてしまったら、番組企画としての先進性や革新性が薄れてしまう。
かといって、アニメ制作がスタートするまでの期間内に、主役機に匹敵するような革新的なロボットデザインをゼロから生み出すのは極めて難しい。
しかし、ここで「コペルニクス的発想の転換」とも言えるひとつの案が生じる。主役機デザインコンペティションで最終プレゼンテーションまで残った4名の、使用されずにお蔵入りとなる予定であった主役機デザインを日産のカーデザイナー自らにリファインしてもらい、それを敵側のロボットとして番組に登場させてしまおう、というアイデアだ。
1機の主役機デザインが「3機のデ・メトリオ機」に
この提案に対し日産から了承を取り付けられた結果、デザインコンペティションで落選した主役機デザインを敵側の機体にリファインする作業は、'11年6月よりスタートする。
そしてまずは、最終プレゼンテーションまで残った日産自動車グローバルデザイン本部の菊地宏幸氏、村林和展氏、丸山聡一氏の3名のうち、誰のデザインが敵側機体へのリファインに適するかを熟考した結果、菊地宏幸氏の手がけた主役機デザインをデ・メトリオが使用するロボット=オービッドへ改変する旨が決定された。
菊地氏がデザインコンペティションで提案した主役機は、「アイコニック(類像的)でシンプルでわかりやすいデザイン」をコンセプトに、飛行形態への変形機構といったメカニカルな部分よりも、人型形態時のフォルムの美しさに比重を置いてデザインされていた。結果、大須田貴士氏のデザインした主役機との区別がつきやすいことに加え、デ・メトリオ側のオービッドは非変形タイプという設定になったため、そういう意味においても、菊地氏のデザインを採用するのはうってつけと言えたのだ。
この決定後、鈴木利正監督より「キリウス、イゾ、アレイという3人のキャラクターを、デザインの異なる別々の機体に搭乗させたい」というオーダーを受けた菊地氏はまず、主役機然としていたシャンパンゴールドのカラーリングを、敵側然とした黒色ベースに変更。
さらに、悪役としてのすごみや威圧感を表現すると同時に、機体が有する機能を視覚的に一発で理解させるためのデザイン手法として、巨大な翼やツノなどを装着したスケッチを複数案提出することになる。
こうして菊地氏によるデザインリファイン作業は「1機の主役機デザインを3機のデ・メトリオ機に改変する」というコンセプトに基づきスタートすることになったわけだが、作業が進展していくにつれ、同氏のデザインリファイン作業に対し「作品の企画性に沿った、カーデザイナーが引くべき線とはどういったものか」ということについて専門的な監修をすることのできる人材の招聘が必要となった。
また、これと同時期に、大須田氏は主役機と僚友機のオプションパーツや新たなオービッドのデザイン作業を手掛けはじめたのだが、「主役機のデザイン作業のときと同様に、8月32日(晴れ)氏の監修を受けつつデザインしたほうが作業がスムースに進行するのでは」と感じていたのだ。
こうした状況を鑑みた結果、大須田氏と菊地氏両氏からの熱烈なラブコールも汲み取った上で、'11年6月下旬、スタッフは8月32日(晴れ)氏に対し現場復帰を要請するに至る。本連載6回目内にも記したが、同氏は主役機とその僚友機のデザインが完成した'09年12月末をもってスタッフから一旦外れ、番組企画が『輪廻のラグランジェ』として動きはじめた以降はノータッチの状態にあった。
しかし、このスクランブル的状況に基づく返り咲き要請を、同氏は即答にて快諾。また、アニメ制作を担当するXEBECも、作品の企画性を高めるために8月32日(晴れ)氏が監修に参加することを了解する。
こうして8月32日(晴れ)氏は、鈴木監督によるオーダーと決断に則りつつ、制作スケジュールの範囲内でのオービッドデザインを監修する役割として、再びその手腕を振るいはじめることになったのである。
「……これはカーデザイナーの描くデザインではない!」
こうした経緯をもって現場復帰を果たした8月32日(晴れ)であったが、デ・メトリオ側の機体へと改変された菊地氏のスケッチを見せられた際、「悪い意味でショックを受けた」という。
同氏は以前、主役機デザインコンペティションにおける菊地氏のスケッチを全点眺めており、そのデザインに関しては高く評価していたのだが、今回提出されていたスケッチについては「これはカーデザイナーの描くデザインではない」と一刀両断。「自分がカーデザイナーであるという決定的な事実を忘れてデザインしているようにしか思えない」と言うのだ。
主役機デザインコンペティションの際は、飛行形態への変形といったいくつかの足枷が課せられていたにせよ、日産のカーデザイナーたちは自らの感性に任せ自由奔放に主役機をデザインすることができた。「まず主役機デザインありき」で企画がスタートし、主役機のデザインを踏まえた上で、作品内の設定や世界観を広げていくスタイルが採られたためだ。
だが、菊地氏が今回のオファーを受けた際には、大須田氏の主役機デザインをイメージリソースのひとつに用いた世界観がすでに構築され、ポリヘドロンやデ・メトリオという国家の設定や、キリウス、イゾ、アレイのキャラクターデザインもすでにできあがっていた。よって、菊地氏はそうした設定やキャラクター画稿を見聞きした上でデザインリファイン作業に取り組みはじめていたため、世界観設定や搭乗パイロットに沿ったオービッドデザインを意識してしまったところがあったのだ。
菊地氏、大須田氏、8月32日(晴れ)氏の3人が顔を突き合わせて行った最初のデザインミーティングにて、8月32日(晴れ)氏が菊地氏に対しそうした意見をストレートにぶつけると、菊地氏は「一瞬にして目からウロコが落ちた思い」と大いに納得。「主役機デザインコンペティション時における、『自分はロボットデザインに対して一定の知識や思い入れがある反面、それを前面に押し出してしまったらカーデザイナーとしてロボットデザインに挑む意味がない』という考え方を完全に忘れかけていた」と語り、デザインリファイン作業に挑む根本的な考え方と姿勢を、ここで大きく修正することになったのである。
「とにかく自分がカーデザイナーであることを常時意識して、極力各所にカーデザイン感を盛り込んだスケッチを描くように心がけてください。そうすれば、機体表面のR(曲率)や各部のエッジなどからも、自ずとカーデザイン感が滲み出てくるようなデザインへ持っていくことができるはずです」
8月32日(晴れ)氏からのこうしたアドバイスに従い、菊地氏はリベルタス、ウォルンタス、テネリタスのブラッシュアップ作業に着手しはじめた。
当初はその「カーデザイン感を盛り込む」という行為が具体的に表現できず、「頭では理解できているのにデザインがそこに追いつかない」というジレンマが生じたりもしたのだが、そうした悩みも徐々に氷解。とくにリベルタスに関しては早々とデザインの方向性が決定し、他の2機をリベルタスのテイストに揃えることで、3機のデザイン上でのバランスを取っていくことになった。
ちなみに、この3機のデザインには、「武器のたぐいはすべて内蔵式で」「一般的な内燃機関で可動していることを想像させるようなバーニアやスラスターは装着しない方向性で」といった、鈴木監督からのオーダーも数多く盛り込まれている。そうしたオーダーのおかげでロボットとしての異形感が高まり、3機に共通した独特のテイストを醸し出すことに繋がっていった事実も見逃せないポイントであろう。
インテリアデザイナーならではのカラーリングデザイン
その後も決して少なくない紆余曲折を経て、まずはテネリタスのデザイン(前後パース稿)が完成する。テネリタスのデザインを先行させた理由は、テネリタスが他の2機に先駆け第1話に登場したためだ。10月16日に開催された番組の製作発表会にて第1話を先行上映することが決まっていたため、テネリタスのデザインは相当に早い段階での完成が迫られたのだ。
続いて、ウォルンタスの前後パース稿が、最後にリベルタスの前後パース稿が完成。その後、頭部や脚部などの詳細稿と各機の3面図を作成し、菊地氏によるデザインリファイン作業はこれにて終了することになった。
なお、本連載の3回目で触れたように、ウォクス・シリーズのカラーリングデザインは3機とも8月32日(晴れ)の手によるものなのだが、リベルタス、ウォルンタス、テネリタスのカラーリングデザインに関しては、菊地氏がいちばん最初の段階で提案したものがほぼそのままのかたちで採用されている。カラーリングに多大なこだわりを持つグラフィックデザイナーの8月32日(晴れ)氏をして、「菊地さんによるこの3機のカラーリングデザインに関しては、手直しする必要がまったくない」との高評価を得たためだ。
3機とも黒をベースとしつつ、機体ごとに色相(色合い、色調を意味する。彩度、明度と共に、色の三属性を構成する要素)をチューニングすることで3機の黒の色味に微妙な変化を付けたその手法は、似た色味(黒や茶色、アイボリーなどの落ち着いた色)を多用せざるをえないインテリアデザイナーならではのテクニックであったと言えよう。
じつはこれまで、異形感溢れるこの3機のオービッドデザインから「カーデザイン」や「カーデザイナー」という要素を見つけ出すことができなかった人もいたのではないかと思う。
が、オービッドの機体を構成する各所の線や面の表情や、一見すると地味にも感ずるカラーリングデザインには、菊地氏のカーデザイナーとしての資質がまちがいなく反映されているのだ。
text by Team Lagrange Point
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- 輪廻のラグランジェ 公式サイト
- http://lag-rin.com/
- 日産:輪廻のラグランジェ スペシャルサイト
- http://www.nissan.co.jp/ENTERTAINMENT/LAG-RIN/