第3回は、神山健治監督、菅正太郎氏とともに本作の脚本を手がけた櫻井圭記氏。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(以下、『攻殻 S.A.C.』)シリーズならではの脚本の作り方を継承した『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』。脚本開発時のエピソードと作り終えての感想について伺った。

第3回 脚本・櫻井圭記氏「現在の第9スタジオが持てる全力を出し切った作品です。劇場クラスの作品を作るという意識が、スタッフの一人一人にまでいきわたっていました」

PROFILE

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名前
さくらい・よしき
経歴
1977年6月9日生まれ。栃木県出身。脚本家。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『xxxHOLiC』など、数々の話題作を手がける。『お伽草子』ではシリーズ構成を担当。業界の注目を集める気鋭の脚本家の一人。

櫻井圭記氏にとって、脚本家としてのデビュー作となった『攻殻 S.A.C.』シリーズ。それだけに『攻殻 S.A.C.』への思い入れも人一倍強い。

「前提として今回も『STAND ALONE COMPLEX』というテーマに沿った話にしようという神山監督の意図がありました。1stシリーズではネットワークを媒介にした劇場型犯罪を、2ndシリーズでは難民問題を題材に『STAND ALONE COMPLEX』という現象を表現したつもりです。今回は同じテーマを、高齢者問題とドメスティックバイオレンスで扱ったかたちです。

 出来上がってみて本当に『攻殻 S.A.C.』らしくなっているな、と思います。最初はタイトルが長いということもあって、『STAND ALONE COMPLEX』の部分を取ろうという話もあったんですよ。でも、取らなくて正解でした」

 これまでのテレビシリーズと同じく『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』(以下、『S.S.S.』)の脚本作業は、物語に盛り込むエッセンスを短冊(縦13cm×横18cmの紙片)に書き込むことで進められた。

「脚本に何を書くのかは、いつも短冊に書くんです。一番最初は誘拐事件だったかな。カ・ルマ大佐や老人問題が出てきたのはその後で。最初はそれぞれ別の一つ一つの事件なわけですけど、それをリンクさせるにはどうすればいいのかを考えていくんです。一番、印象に残っているのは、この時代の誘拐をどう成立させるのか? その方法論については、試行錯誤を重ねて考えました」

物語に説得力を持たせるキャラクターの心情表現

 櫻井氏にとって物語の構成以上に悩んだのが、キャラクターの心情の連続性と、心情変化のきっかけ作りだったという。

「たとえば、トグサが家に電話するタイミングはここでいいのだろうか、とか。そもそもはたして事件が起きているときに家に電話するキャラクターなのか? とか、そういうところです。それを他人に見られたら、どういうリアクションをとるのか? ここが狂うと物語に説得力がなくなってしまうんですね。

 具体的に言うと、早くトグサを家に戻らせてあげたいと思うシーンがある。だけど、同時に別の事件も起きている。そんなときに隊長であるトグサが事件を気にせず家に帰れるのか? と。トグサが家に戻れる理由なり、事件を気にせず抜け出せる瞬間を、不自然に見えないよう作る、という間みたいなものには特に気をつけました。

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「神山監督がぜひやりたいと言っていたのがトグサと娘のシーンです。このパートを担当できて良かったですね」(櫻井圭記)

 また今回、キャラクターが比較的一貫してシリアスな芝居をするので、シーンごとにシリアスさの齟齬が出ないようにする部分でも悩みました。『攻殻 S.A.C.』シリーズでは、タチコマがコメディリリーフ(※1)だったので、ギャグを挟むことで、シリアスなシーンのリセットが図れて作りやすかったんです。でも、今回はタチコマがあまり出てこないので。シリアスな空気をどう首尾一貫させていくのかには苦心しました」

『攻殻 S.A.C.』シリーズでは脚本開発に費やされる時間が、他のアニメ作品に比べて長いといわれている。今回もプロットを書いて脚本に組み上げ、組み上げた脚本の要素を書き出して、また新しいバージョンの脚本に組み直すという作業が繰り返された。2005年春から書き始められた脚本の決定稿が完成したのは、その年の7月31日だったという。

「あまりに脚本の期間が長くて格好悪いですよね(笑)。特に前半・中盤に力を入れていた分、後半は時間切れになってきてしまった感もあって……。でも、脚本も映像のクオリティも、いろんな意味でいままでの集大成と言える作品だと思います。そういうとこれでもう最後のように聞こえてしまいそうですが(笑)。神山監督以下、第9スタジオのスタッフ全員が全力を出し切って作った作品です」  そう笑顔で言い切る櫻井氏の表情には、本作への思い入れと、愛着にあふれていた。

 

※1 コメディリリーフ……劇中の緊張度の高い場面に、笑いを誘う場面を挟む手法。またはその役者のこと。

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これが神山組の脚本開発のベースとなる短冊。この紙片に物語に組み込む要素を箇条書きにしていく。写真は『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』の実例。要素の書き込まれた短冊を前後に配置しながら、脚本開発が進められていく。