テレビシリーズでありながら、さまざまな意味でテレビシリーズのクオリティを凌駕していた『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(以下、『攻殻 S.A.C.』)シリーズ。4回目となる今回は、『攻殻 S.A.C.』シリーズ第6話「模倣者は踊る MEME」の絵コンテから参加し、その後のシリーズでも絵コンテ、演出として辣腕を振るっている橘正紀氏。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』(以下、『S.S.S.』)の仕事を終えての感想について伺った。

第4回 演出・橘正紀氏「ちょっとしたキャラクターの感情変化や表情、物腰にはこだわって描きましたね」

PROFILE

名前
たちばな・まさき
経歴
東映アニメーションにて演出助手を務めたのち、フリーに。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』第7話で絵コンテを担当して以来、『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』と『攻殻 S.A.C.』シリーズには欠かせない演出家の一人。『The King of Fighters: Another Day』では監督を務めた。
橘正紀tachibana.jpg

「僕が一番苦労するのは絵コンテなので……今回は、コンテは担当していないので、その分、各キャラクターの芝居に専念できました。でも、その芝居が大変でしたけどね(笑)」

『S.S.S.』での自身の仕事を、そう振り返る橘氏。テレビシリーズのときから、アイレベルを意識し、リアリティの表現を模索してきたという。

「リアリティを求めると、地面とキャラクターのパースペクティヴを明確に描く必要があるので、必然的に人の目の高さにカメラがくるんですね。『攻殻 S.A.C.』シリーズのときから、なるべく自然なカメラワークを心掛けて絵コンテを切っていました。
また、色替えが多いのも『攻殻 S.A.C.』シリーズならではだと思います。同じ夜でも、電気がついていない夜、街灯の下、建物の中、車の中と夜だけで4種類あって。公安9課のメンバーが4人とか5人とか登場すると、それだけで×4、×5パターン。夜のシーンだけで4~5パターンあって、もちろん夕方や昼間もある。仕上げさんを苦しめたところだったと思うのですが、その分クオリティの底上げはできました」

 色替えの多寡は、画面のリアリティだけではなく、演出面でも作り手にとって大きな武器になる。『S.S.S.』ではライティングボードが制作されたが、このライティングボードの導入を提案したのも橘氏だ。

「神山(健治)監督と相談して、美術監督の竹田(悠介)さんに、絵コンテに先立ってライティングボードを出してもらったんですよ。竹田さん自身、美打ち(舞台背景など美術設定に関する打ち合わせ)の際、どこにポイントとなる光を置くかにこだわる方なので。光の置き方一つで、画面から受ける印象がかなり変わるんですよ。
 たとえばクロマとバトーが駐車場で声をかけ合うシーンで、クロマの後ろから工事中の水銀灯が光ってるところがあります。画面全体の色調は沈んでいるのですが、後ろから照らすライトは逆光になっていて、ショッキングなシーンを作ることができたと思います。こういう雰囲気のある画作りやエフェクトは『攻殻 S.A.C.』シリーズならではだと思いますね」

『攻殻 S.A.C.』シリーズでの演出家・橘氏のこだわり

「絵で見せるのがアニメなので、絵がきれいであることには第一にこだわります」と言う橘氏。しかし、それ以上にこだわっているのが、キャラクターの微妙な芝居だ。

「担当したのはA、Dパートだったんですが、Aパートは、物語の冒頭ということもあって、掛け合いの台詞が多いんですよ。しかも、物語には描かれていない2年間の各キャラクターの心境の変化、表情や物腰で表現していくのには苦労しましたね。
起きてしまった事件に対して憤りを感じているバトー、でもその事件を冷静に俯瞰して見ている素子。トグサのちょっと頭に血が上りやすいところなどは、間とかで雰囲気を出すんですけど、その芝居が難しかったです。
『攻殻 S.A.C.』シリーズの場合、どこをどう表現していくのかとか、テーマみたいなものは、シナリオの段階でかなり練りこまれています。実作業に入るとき、このキャラクターはこういう風に考えているからこんな感じの芝居をしてくれというのを、神山監督からかなり細かくオーダーされます。それをどこまで汲み取って、またそこに自分なりに味付けを加えて進めていくのかに腐心しました」

そんなキャラクターの心の襞を表現することに挑戦している橘氏に、特にお気に入りのキャラクターを聞いてみた。

「やっぱりバトーですね。我が道を行くみたいな感じですけど、実は繊細で、素子のことを一番に考えてる。新生公安9課の他のメンバーは素子がいなくなって、別のところにステップアップしようとしているんですけど、バトーだけは素子のいた公安9課に引きずられていて。タチコマに思い入れがあったり、いなくなった素子を追いかけいたり……そういう女々しさがいいですよね。
それにウィークポイントみたいなのがあるキャラクターの方が共感できるじゃないですか? 完璧な人間って近寄りがたいと思うんですけど、バトーの魅力ってそういうところだと思って描いていますね。いざというときは頼りになるけど、素子と2人だとてんで弱い、みたいな(笑)」

「色使いで雰囲気を作るというのは『攻殻 S.A.C.』シリーズで凄く重要なエフェクトだと思うんですよ。夕方の色味とか一番わかりやすいのは、吉原正行さんが演出を担当された話数です。タチコマの家出でミキちゃんが犬を探しに行ったときに、もの悲しい雰囲気になってるじゃないですか」

「一番の見所というと、素子がいなくなって2年じゃないですか? 公安9課のそれぞれのメンバーの立ち位置が微妙に変わっているところですね。『S.S.S.』の冒頭から分かるんですけど、バトーとトグサの仲が悪くなっていて、ちょっと微妙な距離感ができているんです。ちょっと気まずい関係というか。視聴者はハラハラすると思うんですけど、それは意識的に作ったところです。微妙に変化した人間関係を意識して観てもらえると、事件の流れとは別に彼らがどこに向かおうとしているのかが見えてきて面白いと思いますよ」(橘正紀)

ks12c122.jpg ks13c124.jpg

夕方、犬を探している少女ミキとのもの悲しい雰囲気を夕方の色味で表現した印象的なシーン。こういった雰囲気のある画作りが『攻殻 S.A.C.』シリーズならではあり、刑事モノの枠に収まらない情感を表現している。

ksc0495.jpg ksc0871.jpg