「熱光学迷彩 Thermo-Optical Camouflage」

その技術の科学的詳細の解説についてはまたの機会に譲らざるをえないとしても、熱光学迷彩技術の実現がもたらした影響については、科学以外の分野においても顕著であったことは強調しておいてよいだろう。

迷彩の使用を許可されていたのは、基本的には公安の一部、そして軍の情報部およびレンジャー部隊の一部であった。むろんながら、その使用にはきわめて多くの制限が設けられていながら、己の姿をある一定時間は周囲の風景に溶け込ませ、存在を完璧なまでに消すことができるという紛れもない事実は、市民の日常生活において、目に見えない国家権力の監視の視線の存在を絶えず喚起させたであろうことは想像に難くない。

フーコーの言説に従い、ほかならぬ権力発動の場の透明化こそが、権力構造そのものを強化する結果を招くと仮定するならば、警察や軍を始めとする国家機構の果たすパノプティコン的機能は、いまやあらゆる隠喩を通り越して、ほぼ純化された形で観察されるようになったのである。

一方で、情報圧縮によるデータの保存技術の発達は、時間をさかのぼっての捜査および監視をも可能にしたために、権力発動の構造は空間的なものに加えて時間的にも複雑化、多様化していったのである。