「ゴーストダビング Ghost Dubbing」

身体の物理的境界が、個と個を隔てる最も強力な壁であるという信仰が過去のものとなり、電脳空間内での複数の個の遇有的な戯れが可能になった時代においては、それぞれの身体に帰属する不可侵なゴーストの唯一絶対性がアプリオリに前提されねばならない。そうでなければ、個を個として特定する根拠が失われてしまうからだ。そして当然の帰結として、ゴーストは複製されてはならない。

ゴーストハックが個人の自由意志の侵犯を通して、個の存在あるいは形態をおびやかすがゆえに脅威であるとするならば、個を特定するものであるはずのゴーストの大量複製、すなわちゴーストダビングは、唯一絶対の個の所在を複数に拡散させることで、個を個ざらしめるがゆえに脅威なのである。

さらに言えば、個からどうにかして抽出したゴーストをロボットに劣化することなく忠実に転写することが可能であるとすれば、もはや人間とロボットの間に積極的な差異を見いだす根拠は消失しかねないという脅威もあるだろう。

しかしゴーストダビングされた情報自体は劣化を免れず、またダビングをとられたオリジナルの個体も生き続けることができずに死を得るという。これはゴーストがゴーストの聖なる不可侵領域を守る上では、実に幸運な事態だったと言わねばなるまい。