2005年11月5日より日本とほぼ同時にカートゥーン ネットワーク(「以下CN」)で全米放送されてきた『IGPX』の英語版は、ハーレイ・ジョエル・オスメント、ミシェル・ロドリゲス、マーク・ハミル、ランス・ヘンリクセンなどの著名な俳優を起用したことで話題を呼びました。
日本で発売されている『IGPX』のDVDにも収録されているその豪華な英語音声の制作が行なわれたのは、カリフォルニア州バーバンク市にあるバング・ズームというスタジオです。 バング・ズームでは、アフレコだけでなく、音響や楽曲のリミックスなど、CNとIG-USAで賢明に共同作業を励んできましたが、CN側のプロデューサーのジェイソン・デマルコと一緒に立ち会った、最後(23~26話)のアフレコセッション現場からレポートをしたいと思います。
タケシ役:ハーレイ・ジョエル・オスメント
初日は、主役タケシの声を見事に再現してくれたハーレイ君。映画「シックス・センス」で演じた主役コールのあどけなさはすっかり抜け、今では立派な18歳の青年です。
有名になった子役は適度にグレるというケースを完全に無視したタイプのハーレイ君。一般の高校生よりも遥かに真面目で、性格も良く、学校でも優等生とのこと。そして、肝心の演技と言えば勿論ピカイチ!
アフレコ当初は、タイミングが上手く掴めず戸惑っていた様子でしたが、セッションを繰り返すごとにぐんぐんと上達し、毎回素晴らしいパフォーマンスを披露してくれます。不得意だった絶叫シーンも26話ではワンテイクでOKが出たり、台詞のないところでは自らアドリブも入れてくれたり、前向きに取り組んでくれているところが印象的でした。
9月からは大学で忙しくなるというのに、またI.Gの作るアニメに声をあてたいと言ってくれ、思わず抱きしめてしまいました。ハーレイ君、お疲れ様でした。
ベンジャミン役:トム・ケニー
次は、IGPXレース司会のベンジャミン役を声のみならず体でも表現してくれたトム・ケニー。
常に声を張り上げて喋るベンジャミンはシリーズ内では最も台詞の多いキャラクターなので役者にとっては大変だったと思います。おまけにトムは「スポンジ・ボブ」のボブ役で一躍有名となったため、現在ではアメリカで最も忙しい声優と言っても過言ではないでしょう。
毎日、多数の作品を掛け持ちしているので、『IGPX』のアフレコに来る時には声が少し枯れているときもよくありました。無論、ベンジャミンの役としてはピッタリなのですけどね。
『IGPX』には欠かせないレースシーン。従って、ベンジャミンは全エピソードに登場します。
普段から機関銃のように喋り、冗談が大好きなトムは本番中でも、わざと台詞を外して面白いことを言ってスタッフを爆笑させてくれます。トムが来るとスタジオは笑いが絶えません。
声優の喉を労わって必ず5分休憩を入れるのですが、そんなときもトムは私達と話しに来るのです。少しは喉を休ませてあげればいいのにと思うのですが、根っからお喋りが好きなのでしょうね。
忘れられないエピソードとして、『IGPX』シリーズのアフレコ初日に喉頭炎を患っていたトムですが、スタッフに申し訳ないから、と無理して台詞を読み上げてくれました(結局使えませんでしたが)。そんな頑張りやのトムがいたからこそ『IGPX』のキャラクターに深みが出たと思います。トム、ありがとう。
アンドレ役:ランス・ヘンリクセン
スタジオのムードをガラッと変えるオーラの持ち主。アンドレ役のランス・ヘンリクセンは、今年66歳になった渋い男性。サブウーファーに響くほどの低音の声はどんな台詞を言ってもサマになります。
そんな独特な声と容姿もあって、映画「エイリアン2」のビショップやTVシリーズ「ミレニアム」のフランク・ブラックなど比較的怖い役が多かったランスですが、実際のランスは6歳のお嬢さんがいらっしゃるからか、とてもお茶目でチャーミングな男性です。
ワンテイクで台詞がOKになると、まるで子供のように「イエーイ!」と手を叩いて喜びます。また、本編の後半でアンドレが実際にパイロットとしてレースに出ると分かったときには飛び上がって喜んでいました。私と比べても倍に近い(サバ読んでます)年齢の方に失礼ですが、あの時は本当に無邪気な子供のようでした。
ところで、ランスもハーレイ同様、当初はアフレコのコツが上手く掴めず戸惑っていた様子でしたが、今となってはアフレコ監督にアドバイスをするほど要領が分かってきたぐらいです。
ワンテイクでOKを出しても、自分で納得がいかなければ「もうワンテイクお願いします」と自ら言って出てきました。俳優業をやってほぼ半世紀にもなるというのに自信過剰な部分は全くなく、常に自分の演技について私達が満足しているかどうか確認してくるのです。勿論その答えは大満足です。
私達はランスをキャスティング出来ただけでも充分だったのですが、ランスは最終日に「本当に楽しかったよ。色々とお世話になったね」と言って陶芸をプレゼントしてくれたのです。ランスの手作りというだけでも価値というのに、サイン入りで、しかも本当に美しい芸術品なのです。最後まで礼儀のある素晴らしいジェントルマンのランスでした。本当にありがとうございました。
エイミー役:ヒンデン・ウォルチュ
ランスの渋い声とは正反対のアニメ声を披露してくれたのはエイミー役のヒンデン・ウォルチュ嬢。
彼女はまだ大学に通っている学生さんなのですが、見た目も声も少女のように初々しいのです。日本が大好きで日本語も勉強しているヒンデンはTVシリーズ「ティーン・タイタンズ」のスターファイヤー役をこなしたベテラン声優です。
触れたら消えてしまいそうな透明感溢れる美少女。写真はキライだからと言って、カメラを向けるといつも顔を隠します。おまけに人前で喋るのも苦手だと言う彼女はコンベンションでゲストとして招待されても、大きなサングラスと帽子で出来るだけ顔を見られないようにするのです。
今回は特別に写真を撮らせて頂きました。経験豊富の彼女は勿論演技も上手いのですが、一番驚かされたのが、地声のまま演技をされていることです。
エイミーというキャラクターは最年少でシャイな女の子。まるでヒンデンそのものです。
オーディションでヒンデンの声を聞いたとき作っている声かと思いきや、ブースから出てきて挨拶されたときの声はそのままでした。笑い声もため息もクシャミもまるっきりそのままなのです!
こんな可愛い声の持ち主はアメリカ人にしては珍しいのではないでしょうか。
我々は収録中、よくスタッフ間でキツイ冗談を言い合うのですが、ヒンデンの前では清楚で純粋な彼女を汚してはいけないと思い、ずっと気を使っていました。
しかしその第一印象とは裏腹に、ヒンデンも結構冗談を言う子だったのです。時にはふざけて放送コードに引っかかるような台詞を冗談でアドリブしてくれます。
勿論、放送には使えませんが、視聴者が聞いたらビックリするようなことを、あの可愛い顔と声で言うのです。マニアが聞いたら永久保存してしまいそうで、そのギャップがとてもチャーミングな方でした。
最後にもう一つヒンデンの凄いところは、本編エイミーと全く同じで、優等生だということです。
キャストの中でアフレコ前に唯一予習をしてくるのはヒンデンです。シーンを説明する必要もなく、前日に脚本を勉強してくるのです。
ですからヒンデンのレコーディングは誰よりも最もスムーズで完璧なのです。
可愛くて性格も良くて熱心で申し分のない彼女。是非ともまた次の作品に参加してもらいたいと思います。
ヒンデン、お疲れ様でした。日本に来るときにはまたI.Gに寄って下さいね。
リズ役:ミシェル・ロドリゲス
そして、最後のキャストはリズ役の、アメリカでは映画にもテレビにも引っ張りだこで、最も注目されている女優のミシェル・ロドリゲスです。
羨ましいほど自然体なお転婆娘。その可愛い顔から想像できないほど男勝りでタフなラテン系女優。いつもタンクトップにジーンズというラフな姿で現れ、お化粧もしていないのにキラキラと輝いている姿はまさに一流の女優ならでは。
まるで男の子のように、バッグは面倒だから持たないという彼女は携帯と小銭をジーンズのポケットに入れてやってくるのです。
10人以上の兄弟の末っ子として育っているため、もともとアニメやゲームは大好きというトムボーイ。「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」を作ったI.Gの作品に関われることに興奮を隠し切れないようでした。
吹替えは何度かやったことがあるのでタイミングも予め把握していたのですが、彼女にとっての唯一のチャレンジは日本語の名前の発音。特に主人公のタケシという名前は難しくスタッフも四苦八苦していました。
リズの役は怒鳴る台詞が多いのですが、長い文章のあとに、タケシと締めくくる台詞が多々ありました。そんなときミシェルは決まって「タキーーシ」と発音するのです。
ガラス越しからマイクでミシェルに「ターケシ」だと指摘すると、ブース内で「ターーーケシィ、ターーーケシィ」と歌のように唱えます。
ところが本番になるとどうしても「タキィーーーシィ」に戻ってしまうのです。
勿論、本人は真剣なので正しい発音だと思って、私達に向かってニコッと笑ってピースします・・・。
でも、我々スタッフはそんなミシェルが無邪気で可愛くて全く怒る気持ちになれません。
そんな彼女でしたが、今となっては誰が何も言わずに正しい発音でタケシと言ってくれるようになりました。
彼女の面白いエピソードは話すと尽きないのですが、いつも元気一杯な彼女、ブース内で演技をする時にはトム同様、体ごと動かして台詞を言います。
例えば、リズのマシンが敵マシンに大きくパンチやキックを食らわす時、彼女はマイクの前で跳び蹴りをしながら腕を思い切り前に出すのです。その瞬間「アウチ!」と聞こえました。
エンジニアが収録を止めて、どうしたのかと聞くと、あまりにも動きすぎて膝と肘をスタンドにぶつけたと!
大事な女優さんですから怪我をされては困るということで一旦休憩をとりました。ミシェルは床に腹ばいに寝そべり痛みをこらえているようでした。
大丈夫とは言っているものの、心配になってドアを開け、ブースを覗き込むと、何と、アフレコ台本を床において鉛筆で落書きをしていました。
そんなところも子供っぽくて憎めないミシェルです。これからますます人気上昇のミシェルですが、いつまでもそのバイタリティーとチャームを無くさず活躍していってほしいと思います。
また一緒に仕事しようね、ミシェル。
ということで、『IGPX』の英語版アフレコも無事終了しました。
途中の中断も含め何だかんだで賞味11ヶ月も掛かったアフレコ作業でしたが、スタッフの皆様本当にお疲れ様でございました。
スタジオを提供して下さったバング・ズーム・エンターテインメントの皆様にも長い間付き合って頂けましたこと御礼を申しあげます。
カートゥーン ネットワークとは今後も色々と一緒にお仕事をさせて頂くことと思いますので、また今後とも宜しくお願い申し上げます。
それでは以上でレポートを終了させて頂きます。お付き合い有難うございました。
(by寺島真樹子、IG-USA)